私は医者ではないし、それどころか医学的知識はほとんど持ち合わせていない。
それ故にこの本に書かれている医学的根拠の是非についてはコメントができないが、著者は長崎大学医学部を卒業したのち京都大学医学研究科の助教授などを経て長崎大学の教授を勤めている。私からすれば、十分すぎる知見を持ち合わせた人間だ。
この本は耐性菌や生活習慣病の原因の一つとして安易な抗生物質の投与があると説いている。
体に良いと思ったいた薬が、思いがけないネガティブな効果をもたらしている。
SFものに出てきそうなテーマだが、データからそれを見つめていくと実に興味深い一冊となる。
大変綺麗にまとまった読みやすい新書なので、ぜひオススメしたい。
この本はこんな方におすすめ
- 抗生物質のメリットとデメリット、その作用や歴史を知りたい方
- 思っても見なかった現代医学の弊害(の説)について知りたい方
- 純粋に読んでいて楽しいノンフィクションを手に取りたい方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- 抗生物質と人間-マイクロバイオームの危機
- 山本 太郎
- 新書 151ページ
- 2017/9/20
- 岩波書店
抗生物質とは何か
本書はエピソード形式で抗生物質の発見、そしてその作用を解説してくれる。この辺りはちょっとしたトリビアのようなものが満載で実に楽しく読める。多少横文字が多いが、我慢できる範囲だろう。
ペニシリンの発見、そこからはじまる大量生産、そしてその後の社会における利用について説明している。
しかし、抗生物質とはなんだろうか。あまり考えたことがなく、薬の一種だね程度に考えるだけで摂取していた人もいるのではないだろうか。
抗生物質は、病原細菌の発育や機能を阻害する物質を指す。
問題がない、普通の細菌には手を出さずに、病原細菌を狙い撃ちしてくれる優れものというわけだ。
しかし抗生物質はウイルスには効かないーウイルスは生物ではないからだ。
しかし、そのことを知らない人が多い。
…13万人以上を対象とした意識調査では、40パーセント以上の人が、インフルエンザなどのウイルス性風邪に抗生物質が効かないことを知らないと回答した。
本書 26ページより
考えてみれば医師が処方するものなのだからなにに効く効かないはユーザーは考えなくていい、という意見もあるかもしれないが、よくわからないものをよくわからないまま利用し続けている人が多いというのはいささか問題ではないだろうか。
だがそれはそこまで大きな問題ではない。正しい処方をすればそれで済むのだから。
抗生物質に悪い作用はないのか?抗生物質のデメリットとは?
抗生物質は「効いたらいいし、効かなくても不利益はない」と考えられて意味がないのに投与されることがある、と筆者は説く。
本当に効かなくても不利益がないのであれば、問題ないのかもしれない。
しかし近年になって、耐性菌の存在が明らかになってきた。進化の結果、抗生物質が効かない細菌が現れだしたのだ。
不必要な抗生物質の投与も耐性菌が発生する一因であると筆者は説明する。
医師が、効果がないとわかっていても、患者が欲しがるからと抗生物質を風邪などに処方することがあるのだという。
そして生活習慣病やアレルギー、アトピー、糖尿病といった問題も抗生物質の不必要な投与と関連性がある可能性がある、と筆者はデータを用いて説明する。
この辺りは私には本当かどうか判断がつかない。著者の出すデータは説得力があるが、他の要因との兼ね合いも考えなければいけないだろう。しかしいずれにせよ、注意深く研究するべき領域であることは十分に伝わった。
世界全体で…薬剤耐性菌による死亡者数は70万人。それが、現状が続くとすれば、2050年には毎年1000万人になるという。これが意味すものは何か。私たち人類が抗生物質を手にしてから、わずかに70年が経過したに過ぎない。にもかかわらず、私たちは、抗生物質を開発した以前の時代に逆戻りしようとしているのだろうか。
本書 10ページより
抗生物質の過剰使用は、耐性菌を生み出すだけでなく、使用者を他の感染症や免疫性疾患に罹患させやすくする。
本書 138ページより
まとめ 問題は、抗生物質が有用であること
仮に抗生物質が著者の言うように本当に様々な害悪を引き起こしているのだとすれば、抗生物質の利用を取りやめればいい。
しかし、それは容易ではない。
抗生物質は実際問題、命を救うからだ。
抗生物質の有用性は嘘ではない。それは著者も大いに認めているし、それ故に問題が根深いと語る。
ハイチやジンバブエなどでは、路上で抗生物質が売られており、人々はそれを買って命を繋いでいる。
抗生物質がなければ死亡率はあがり、赤ちゃんを産むのも文字通り命がけになる可能性がある。それだけに抗生物質は有用なのだ。
必要とされている抗生物質と、しかし過剰摂取によって生じる問題。
そのトレードオフをどのように考えるか、どのように無駄な摂取を止めるのか。いわゆる発展途上国だけの問題ではなく、先進国でもこの問題は根深い。
私達が単純に便利で素晴らしいと思っていたものに、意外な一面があるとは知らなかった。
その気づき、きっかけを与えてくれたという意味でこの本は非常に貴重だと私は思う。もちろん、その医学的根拠は私には判断ができないし、ところどころ説明が端折られてしまい「本当に?」と疑問に思う箇所もあったが、全体として読み応えがあった。
普段あまり手を出さない医学系のトピックだったが、それゆえに知らないことばかりでピリッとスパイスの効いた一冊だった。