意識高い系ブックレビュー

本質へと切り込んでいく楠木建の「ストーリーとしての競争戦略」を僕はこう読んだ

本質へと切り込んでいく楠木建の「ストーリーとしての競争戦略」を僕はこう読んだ

企業に勤めたことがある人なら一度は、自分・他人・担当業務・企業のプロジェクト問わず「これ、意味あんのかな・・・」と感じた経験があるだろう。おそらく仕事に一生懸命になりたい人、価値を見出したい人ほどこう思う傾向があると思う。

「夢!」とか「成長!」とか「担当業務だから」とか個人レベルでの意味、または「他者がやっているから」「営業部だから」という部署・プロジェクトレベルでの意味を見いだすのは比較的たやすい。しかし、企業にとっての意味、いわば「みんなの中でそれがどういう貢献を果たしているか」というのはなかなか見えてこない。

楠木建氏の「ストーリーとしての競争戦略」は、「優れた競争戦略とはどういうものか」という問いに答える本だが、先に挙げた「これ、意味あんのかな・・・」に答える本でもある。行動が変わるというわけではなく、世界の見方が変わるのである。

(この書評は私の良き友人であるR君による寄稿である。)

この本はこんな方におすすめ

  • 「経営者目線」という言葉の意味がよくわからない方
  • 優れた競争戦略の意味を知りたい方

ブックデータ

  • ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件
  • 楠木 建
  • 単行本 518ページ
  • 東洋経済新報社
  • 2012/5/10

楠木建の「ストーリーとしての競争戦略」はここが面白い

僕は学問の力というものを信じているし、その中でも社会科学というものが好きだ。

それはおそらく、優れた研究を知った時、「今まで見てきた世界が変わる」という体験をすることが大きな理由なのではないかと思う。世界の見方というのは、ちょっとやそっとじゃ変わらない。大きな事件が起こっても、「まあ偶然だよな」とか、企業が破綻したり汚職があったりしても、「まあ社長が(当事者が)悪いんでしょ」と適当にわかりやすい理由をつけて納得してしまうところがあると思う。もちろん、自分自身や身近で起こったことならば、世界の見方が変わる大きなきっかけになるだろう。

じゃあどういう研究が見方を変えるのだろう、ということになるが、それは(僕にとっては)「優れた抽象化」と「論理の強さ」という2つの特徴にある、と考えている。

「優れた抽象化」とは、平たく言えば概念の発見ということになるが、一見バラバラに見える出来事から、共通する要素を抜き出すということだ。その抽象化を支えるのが、「優れた論理」。「こうすれば(なれば)こうなる」という理屈がかなりの説得力と蓋然性がある、ということだ。「なぜ?」を突き詰めた中で生み出されるもので、「でもそれって偶然だよね?」という反論要素をきっちり潰さないと生まれないものだと思う。

これら「優れた抽象化」と「論理の強さ」がある研究は、多くの事象への適用/深い理解ができるもので、「わかる」ということ自体が楽しいのだ。この楠木建の「ストーリーとしての競争戦略」は経営学の本だが、その「世界の見方が変わる」という体験をした本である。

ちょっと大げさかもしれないが、僕にとってはそれくらいの衝撃だったし、上にあげた2つの特徴についても、本書に寄っているところがある。

この本を読んだ後では、退屈な会議や自分の個々の仕事についても、「アレ、これってどういう位置付けなんだ?」という考えが頭をよぎらずにはいられない、というのが今の僕の状態である。

「ストーリーとしての競争戦略」の内容と面白いポイント

この本の内容を本当にざっくり説明すると、「優れた競争戦略とはどういうものか」という問いに対し、解答として「個々の打ち手の時間軸上のつながり」を重視した「ストーリーとしての競争戦略」という概念で答えている。

構成としては

⑴「ストーリーとしての競争戦略」の意味(「戦略」「ストーリー」の言葉の意味を詰める)

⑵競争戦略の基本的な考え方のまとめ

⑶「ストーリーとしての競争戦略」の論理の説明

⑷具体例による戦略ストーリーの読解 ⑸戦略ストーリー作成のためのコツ(骨法)

となっている。

簡単にいうとそういうことなのだが、タイトル通り「ストーリー」を重視しているので、つながりを一つ一つ説明していて、本全体で一個の論理を提供しているため、エッセンスだけ抜き出すということ自体が著者の本意に反することではないか、と僕は考えている。そのため説明しようとすると全部説明する羽目になり、だったら本を読め、ということになるため、ここでは僕が特に「面白い!」と思ったところだけを取り上げる。

(まあ、全部面白いんだけど)

「ストーリーとしての競争戦略」おもしろポイント① 言葉の説明、意味の詰め方

「ストーリーとしての競争戦略」を論じるに当たって、著者はまず「ストーリー」とは何か、「戦略」とは何か、というところから始める。

新しい言葉が出てきてまずすることといえば言葉の定義であるが、定義だけで説明をしようとすると非常にわかりにくい。ここで、著者の説明の仕方が光る。

「Aとは何か」ということについて、「Aとは何であるか」ということよりも「何でないか」ということに軸足を置いて説明している。「〇〇でない」から考えるというのは著者の以降の作品でも出てくる十八番の思考パターン(著者本人も別の著作でそう認めている)であるが、この説明方法が面白い。

言葉の定義というのは、それそのものよりも、他のものとの対比によっての方がはるかにわかりやすい、というのは生活の上で実感が湧くところだと思う。この、対比によって納得した定義こそが、他の会社に適用できる優れた抽象化ではないか。(余談だがこの時期になると新年の抱負を発表せよ、みたいなことが度々あるが、その中で「〇〇を完成させます」という「業務」と「目標」がごちゃごちゃになっているものがよく見られる。「お前それただの業務内容ちゃうんか」と内心ツッコミを入れざるを得ない。当たり前だが実際には口に出さない。)

例えば、「戦略」と「目標」の違いについて、著者はこう説明している。

——体系的な目標設定が不可欠なのはいうまでもありません。目標が設定されなければ、戦略もありえません。しかし、ここではっきりさせておきたいのは、目標の設定それ自体は戦略ではないということです。「二〇〇X年 第2四半期までに営業利益率一〇%確保! これがわれわれの戦略だ」というのは、要するに戦略ではなく目標を言っているわけです。

(「第2章 競争戦略の基本論理」より)

同様の論法で、「ストーリー」を「ただのtodo」「テンプレート」「数値目標」など一般的に経営戦略や事業計画の中で語られやすいものと峻別していく。

また著者は例え話も巧みだ。(私見だが例え話が上手い人は総じて本質を掴むのが上手い、頭のいい人だと思う)業界の競争構造についてはこのように説明している。

——業界の競争構造という話は、引越しにたとえるとわかりやすいでしょう。

(「第2章 競争戦略の基本論理」より)

「引っ越し??」と一瞬ハテナがつくが、以降の説明を読むことでストンと腑に落ちてくる。

他にも、他社からの模倣に対する防御の説明の中で、「地方都市のコギャル」という例え話が出てくる。なんでコギャルが出てくるんだよと思うだろうが、例えが面白すぎるため(著者は主張先のバス停で並んだコギャルのファッションが過剰では?と思い世間話を始める、というところからすでに笑う)概念がすっと入ってくる。この本の白眉だと思う。

ストーリーとしての競争戦略」おもしろポイント② 競争戦略を見るに当たっての基本論理の提供

「第2章 競争戦略の基本論理」は、まだメインディッシュにも入っていないいわば前菜のようなものだが、読んでいて最初に「ほえ〜」と感じた部分だ。

まず企業の最終目的を「長期利益の達成」とし、そのための手段を「WTP(=総利益)を増やす」「コスト優位」「ニッチ(=無競争)」の3つに分ける。「エエッ3つだけなの?」と読んだ当初は思ったのだが、よくよく説明を読むと納得できる。

就職活動の際いろんな会社のページを見たが、「わが社のミッションは〇〇です」等々書かれていて、これが目的なのか〜とピュアというか額面通り受け取っていたが。(もちろんミッションはとても大事だが、利益→ミッションという流れになるため前提条件だ、という話だし、最終的にミッションに共感できないところには入社するべきではない)その上で、「うちの会社はコスト優位かな。じゃあ競合のA社はどうなんだろう(よく知らない)、いつもゲームを買っているあのメーカーはどっちをゴールにしているんだろう」という見方に入っていく。

さらに、3つの手段につながる個々の打ち手(プロモーション、人事、製品などあらゆるものにまたがる)を「SP:ポジショニング」「OC:組織能力」に分類し、競争優位(違い)を作るための根拠を分けている。例えばトヨタ自動車は「トヨタ生産方式」をはじめとするOCに寄った会社だ、というように。

ここでも「うちの会社のサービスはSPかな〜でもそれならココが気になるな〜」「N社はOCによった会社だよな」という見方を自分でもするようになってきた。

上記のようなことを言うとそんなん当たり前じゃんと言うことになるのだが、ココで著者の説明も実にいい。SPーOCについても「模倣しやすいーしにくい」「トレードオフ」「競争の回避ー殴り合い上等」という切り口を挙げながら説明していく。

この第2章だけでも、企業を見る目が変わってくる部分だと思う。

ストーリーとしての競争戦略」おもしろポイント③ 人間の本性を見つめる

企業のそれぞれの打ち手に対し、SPーOCという分類ができたが、新聞や雑誌、ネット記事はこの1つの要素のみを取り上げて話をすることが多いと思う。(字幅の問題が大きいと思うが)「ストーリーとしての競争戦略」はココまでが前提で、そのそれぞれの要素の「なぜ」「つながり」こそが競争優位を生むのだ、という話に踏み込む。

僕たちが見るメディア情報というのはインスタントになっているし、教科書的な物事の覚え方だとどうしても箇条書き、列挙的になってしまう。そこに時間軸」「なぜ」という視点が入ってくる。

新商品や、営業一つを取っても、「これはどこに繋がっているんだ?」という視点が現れざるを得ない。ここまで読んできたら、「なぜ」をひたすら問い続ける著者の思考が入ってくるからだ。

そして、各要素をまとめる「コンセプト」の説明がイイ。

「コンセプト」という言葉自体はすでにビジネス系の本を読んだ人にはお馴染みであるが、この本の中では「なぜコンセプトが重要なのか?」「優れたコンセプトとは何か?」という問いに対し誠実に向き合っている

著者は優れたコンセプトの条件をいくつか挙げているが、その中で「コンセプトが人間の本性を捉えるものでなくてはならない」という条件が刺さる。

——人間の本性、それは文字どおり「本性」であるだけに、そう簡単には変わらないものです。

(「第4章 始まりはコンセプト」より)

昨今はAIが世間を騒がせているが、著者はそのような「飛び道具」の有効性を否定する。移りゆくモノや外部環境ではなく、人間を見る。カッコイイ。

ストーリーとしての競争戦略」おもしろポイント④ クリティカル・コア

おそらくここが「ストーリーとしての競争戦略」の文字通りコアになると思うが、「優れたストーリーを持つ企業はなぜ模倣されないか/されたとしてもなぜ勝ち続けているのか」という問いに「部分の非合理が全体としての合理性に転化する」という論理を持って答えている。この「部分的な非合理」こそが競争優位を作る「クリティカル・コア」だということだ。例に挙げられているガリバーの「買取専門」というのは、当時の業界では「明らかに非合理」であり、優れた中古車ディーラーほど否定したという。

さらに論を進め、この「クリティカル・コア」はそもそも非合理(戦略全体の中でしかプラスにならない)なのでマネをする動機がないし、他の要素をマネにしてもこの部分こそが全てのキモなので、自滅するという「自滅の論理」を採用している。

この部分を読んだ時、僕は「そっそうきたか〜」と膝を打った。

確かに、この理屈なら競争優位を説明できる。「いろんな要素、打ち手をつなげることが大事ですよ」なら、頭のいい人なら簡単に思いつくし、お金がある企業なら簡単にマネできる。むしろ、「頭がいいからこそマネをしない」ということが鍵になっているというのは、論理のキレとしては極上のものだ。僕は中高生の頃歴史小説が好きで、その中でも突飛な策略を繰り出す軍師が好きだった。その時と同じ興奮を感じたことを覚えている。(もっとも、著者は経営を戦争のメタファーで考えることを否定しているが。)実に鮮やか。

ストーリーとしての競争戦略」おもしろポイント⑤ 骨法10条

最後に、「でも、こういうアイデアは一握りの天才が生み出すものじゃないの?」という疑問について、一部は肯定しつつ考えるヒントとして「骨法10条」を提示する。
僕が歴史小説が好きだったことは前述したが、その中の策略について「説明されればそりゃそうなんだろうけど、どうしてこんなことを思いつくんだろう?」という疑問をずっと持ち続けてきたのだが、この骨法は一つのヒントになったと思っている。

まとめ

ざっと自分の感じた面白さを説明してきたが、僕はこの本を読んでから、「このプロジェクトはSP?OC?」「このシステム改良をするとどうなる?」「この打ち手はどこへ繋がっている?」といちいち考えるようになってしまった。(使う人間としてはウザくて仕方ないだろうが)

この本の基本論理は、いろいろなことへの適用ができるが、何よりも適用することが楽しく、適用したくなる。僕の面白さのツボである「わかる」ことの楽しさとの相性がとても良いのが、自分にとってこの本が刺さった理由だと思う。

僕はゲームも好きだが、最近面白いと思ったゲームにこの「ストーリーとしての競争戦略」を当てはめて考えることもある。好きなゲームがいわゆるハイクオリティなグラフィックやボリュームで押すタイプのものではないため、どういうコンセプトで、それぞれの要素がどう組み合わさっているのか、そこからどのような体験を引き出し、その体験が自分のどこに刺さるのか・・・という視点で見るようになった。

この本自体が一冊で強い論理を生み出しているので、自分で最初から通して読むことに価値がある作品だと思う。この本の構成そのものも「ストーリーとしての競争戦略」に則っている。やれ「コンセプトを決めましょう」「ゴールから考えましょう」「常識を疑いましょう」と言った「そんなん当たり前でしょ・・・」というそれぞれの言葉が「ストーリーとしての競争戦略」というコンセプト、「クリティカル・コア」というクリティカル・コアによって強力な論理として立ち現れてくる

徹底して自分の論理から逃げず反論に対して答えを求め続けたのが、鉄を打つ職人のように強い鋼を生んだ。その「論理の強さ」が、僕の世界の見方を変えるパワーとなった一冊である。

この記事は私の良き友人であるR君による寄稿である。

  • この記事を書いた人

内藤エルフ

2013年東京大学法学部卒業。都内の米系投資銀行勤務。英語と日本語のバイリンガル。意識高い系そのものが好き。スターバックスでMacbookを開いてドヤ顔するのが好き(しかし仕事のファイルは持ち出し禁止なのでネットサーフィンのみ)。なお、コーヒーの味の違いはわからないけど、日本とアメリカのコーラの味の違いは7割の確率で当てられる。

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