本当に面白い本を読んだ。
とても謙虚で、語りかけてくれるような著者の優しい性格がにじみ出てくる素敵な文体で、極めて大事なことを述べてくれる。
この本の帯はなかなか挑戦的で、「賢い人ほど世界の真実を知らない」なんて書かれている。そんな馬鹿な、どういうことだと手にとってみたらもう完全にあなたはこの本の虜になるだろう。
斜に構えていた自分が恥ずかしくなるほど、痛快で素晴らしい作品だ。
この本はこんな方におすすめ
- 自分の思う常識が実は正しくないかもと思う方
- 世界は悪い方向に進んでいると思っている方
- 「実はこうです」と衝撃の事実を聞かされたい方
- 自分の知識を最新に保つにはどうしたらいいか知りたい方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣
- ハンス・ロスリング
- 上杉 周作 / 関 美和 (翻訳)
- 単行本(ソフトカバー): 400ページ
- 2019/1/11
- 日経BP
FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣
自分はこんなに無知だったのか
私の好きな本に「ソクラテスの弁明」がある。色々な本に登場する「無知の知」というやつだ。自分はあまりに知識がないと言うことを知るのは大事だと説く人が多いが、まぁその通りだろうなと思いつつも「自分は周りよりは知識がある」と信じ込んで来たのも事実だ。
というのも、四年制の大学を出て、本を読むのが趣味で、日々色々な知識を取り込むことに余念がない自分なのだ!
しかしそんな私の鼻っ柱を折る本が出てきた。
もちろん、私は何かの専門家であるわけではないから、例えば医学の知識はからっきしである。でもそういう本ではなく、「知っていて当然」であるべき自身の身の回りのことについていかに自分が何も知らなかったのか、ということを指摘されるのは衝撃であった。
そして何よりも面白いのが、著者のあげるシンプルな選択問題を、世界中のほとんどの人が2割程度しか正解できていないという事実だ。
シンプルだけどみんなが間違えるクイズ
世界の平均寿命は現在およそ何歳でしょう?
世界中の1歳児の中で、何らかの病気に対して予防接種を受けている子供はどのぐらいいるでしょう?
世界中の30歳男性は、平均10年の学校教育を受けています。同じ年の女性は何年間学校教育を受けているでしょう?
本書 イントロダクションより
私も当然のように「自分の知っている常識」を使って、上記の問題を解いた。
そして見事に殆どを間違えた。
冒頭から引き込まれ、一気に読んでしまった。
面白いデータ、で終わらないために
上記の質問に私たちが間違えて答えがちなのは我々の中で情報がアップデートされておらず、また様々な理由で私たちは「悲観的なものの見方をしている」と著者は主張する。
これはその通りだと思う。
私はまだ20代なので知識のアップデートがされていないかどうかはわからないが、しかし私に色々とものを教えてくれる人々はインパクトのある昔の数字をずっと引きずっているのかもしれないというのは実に興味深い。
そしてメディア等によって「悲惨な世の中」という情報が植え込まれているというのもある程度事実だろう。
テレビCMや電車の広告でもいかに「後進国」(著者はこの言葉の利用に否定的だが)が「悲惨」なのかを私に日々すりこんでくる。
ここから先はメディア論になるのでその真偽のほどは置いておいて、だがしかしそういう世の中が形成されつつあり、人々は悲しい、ショッキングなニュースほど惹かれるというのも当然に理解できる。
だが、そこから何を持ち帰るのか。
こういった本は往々にして「こうですが、実はこうなんです!」と問題の指摘をするにとどまり、そこから何を持ち帰れば良いのかが明らかにされないまま終わってしまう。啓蒙は良いが、そこからどういうアクションを期待すればよいのか。
著者はこの点、私たちに正しいデータの読み方、陥りがちな失敗、そしてそれがどのような場面で実生活に役に立つのかを指摘してくれる。ここが個人的にこの本の素晴らしい点であると感じた。
なぜ、犯人探しにすぐ走らないようにするべきなのか。
なぜ、「いますぐ決めないといけない」という発想は間違っていることが多いのか。
目立ちがちなヒーローではなく、社会の仕組みに目を向けることがなぜ大事なのか。
考えてみれば当たり前のようで、実は全く当たり前にできていなかったことを指摘して、その是正方法をとても現実的に、投げやりで「さあやってみよう」という形ではなくきちんと道を示してくれる。
本当に優しくて、素晴らしい。
ビッグデータの使い方
あまり深く考えたことがないが、確かに世の中には根本的なデータの分析ができていないから無駄が生じていることは多々あると思う。
私が働いている会社においても(そしておそらくどこでだって起こっていることだ)、そもそもの問題提起に際しての前提が間違っており、間違ったままその「間違った前提に対して正しい解決を当てる」ことがある。
こうした問題に警鐘を鳴らすのがこの本の特徴であるが、であれば次の質問は
「どうやって正しいデータにありつくのか?」
という点である。
もちろん、データと一言で言っても色々なソースがあるわけだし、用途によって当然必要なデータは変わってくる。それをこの本が全て網羅できるわけではないし、もちろん著者はそのようなことは試みない。
この本が教えてくれるのは、人間がデータのみならずなんらかの事象に直面した際に、「本能的に」どのような対応を取るのかだ。
本能的な人間の行動
とすると、この本は思った以上に心理学的な要素が強い。
例えば人は犯人探しをしたがる傾向にあるとか、大きい数字を見ると特に何も考えずに「大変な大きさだ」と処理してしまうなど、そういった本能が人間にあると著者は言う。その際に挿入される著者のエピソードが実に面白く、ぐいぐい飲み込まれてしまう。
そろそろ皆さんご存知の通り、私はアネクドートが大好きだ。小話が大好きだ。エピソードが大好きだ。著者の実体験や社会実験の話、歴史の話などが挿入されるとワクワクする。
だからこれら人間の本能について著者が触れるとき、心をくすぐられるような気分になる。
だが小話の気持ち良さだけではない。その裏にどういう人間の本能が働き、それが時にどのようなマイナスの効果を及ぼすのかについて著者は冷静に論じている。そして裏付けとなるデータまで持ち出されたら、こっちはたまったものじゃない。こういう単刀直入でわかりやすく、裏付けがしっかりある進め方は大好きだ。
私たちはどう考えるべきか
著者は私たちに早急な行動を要求しない。ここが新鮮だった。だいたい自己啓発本やその他の本はさっさと読者に行動を起こさせようとする。
さあ、起業しよう。
さあ、実践してみよう。
さあ、デッキを組んでみよう。(これがわかる人、私と握手だ。)
だけれども、この本はそうではない。
じっくりと時間をかけてほしい。反芻してほしい。疑ってほしい。裏付けを取ってほしい。
なんともどっしり構えた考え方で、私は大好きだ。
だけれども、どうやってじっくり時間をかけるのか。何をどう反芻するのか。何を疑うのか。どのように裏付けを取るのか。
素晴らしいのは、それぞれについて著者が細かく解説していることだ。そしてそれが唯一の正解だとも言わない。
それは予防線を張っているからではなく、本当にそうだからだ。
この真摯な態度、そして世界を本当の意味で啓蒙しようとしている彼の生涯に私は敬意を表する。
「おわりに」には思わず涙が出てしまったし(著者は既に他界している)、巻末の引用文献の豊富さにはびっくりさせられた。これは決して薄っぺらい本ではない。何を持ち帰るかは個々人によるが、これほど真摯に何かを訴えてきた本は私は出会ったことがない。
ぜひ、皆さんにも読んでいただきたい名著だと思う。
FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣