意識高い系ブックレビュー

「銃・病原菌・鉄」は誰しもが気になるテーマを巡る読みづらいが興味深い大冒険な作品

「銃・病原菌・鉄」は誰しもが気になるテーマを巡る読みづらいが興味深い大冒険な作品

意識高い系の人が手を出しては挫折する本は何だろうか。プルーストの「失われた時を求めて」とかギボンの「ローマ帝国衰亡史」とかトルストイの「戦争と平和」とかだろうか。

私はこのジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」を推したい。タイトルを聞いたことがある人も多いだろうし、何についての本なのかもなんとなく知っている人もまた多いだろう。だけれどもいざ手を出してみると、文庫本上下巻という決して長すぎるとは言えないボリュームなのに、非常に読み進めるのが大変だった。

とはいえ、内容は非常に興味深く面白いのは事実だ。

現在私達の世界に存在する文明強者と弱者の間にはどういう差があるのか。なぜ彼らは成功を収めて、その逆は成り立たなかったのか。その差は生物学的なものなのか? 一部の人種はその他の人種に比べて劣っているのか?

こうした誰もがふと気になる内容を、非常に緻密に分解していくのが本書だ。それ故に難解とは言わないが実にスローなテンポで物事が進んでいき、論理が組み立てられていく。丁寧な解説は時に冗長に感じるし、自分が今全体の中でどこにいるのか(著者が各章の始まりとシメで説明してくれるにも関わらず)迷子になってしまうようなところがある。

だが総じて見れば非常に有意義な一冊だった。

この本はこんな方におすすめ

  • 文明間・人種間の差について気になる方
  • なぜ歴史は今ある形で流れてきたのかが気になる方
  • 長く論文のような作品を読むのが苦ではない方

ブックデータ

  • 銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎
  • ジャレド・ダイアモンド
  •  倉骨 彰 (訳)
  • 文庫本 各400ページ程度
  • 2012/2/2
  • 草思社
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「銃・病原菌・鉄」はとにかく長い論文のような本

本書のレビューをAmazonでみていて、非常に印象に残ったものがある。

曰く、「サピエンス全史のような本だと思って期待して読んだら全然違った」とのことだ。

全然とまでは言わないが、実は私も「サピエンス全史」のような作品だと思って手を出した。実際問題、「サピエンス全史」に似たようなところはある。なぜ私達は今の形に文明を持ってきたのか、その進化の過程に何があったのかということを真剣に歴史をさかのぼって分析していくという点では非常に似ている。

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だがこの本はより一部の部分に絞って焦点を当てている。つまり、「なぜ一握りの国や文化が他の大多数を統べるほどの勢力となり、その逆はなかったのか」という問題だ。

なので「様々なエピソードで」「人類の発展を紹介する」という意味では「サピエンス全史」と「銃・病原菌・鉄」は似ているが、そのフォーカスの幅に大きな違いがある。

この本は雑学エンターテイメントを狙っていないのだ、というのがまず感じる点だ。非常に真面目に書かれた、硬い本なのだ。

もちろん、他の本が不真面目であると言っているわけではない。だがこの本は別に読者にエンターテイメントを提供しようとしているわけではない。あくまでも愚直に本題へと切り込んでいくスタイルなのだ。

それ故に、読んでいて疲れるかもしれない。エピソードは豊富だし、ところどころウィットにも富んでいるし、綺麗に組み立てられていくロジックに感嘆することも多い。だが、いかんせん地味ーーといったら失礼極まりないのだろうがーーで重苦しいところはある。全20回の講義を受けているような気分だ。ウキウキの読書タイムといった気持ちで寝る前に手に取るような本ではないだろう。

だからといって悪いというわけではない。その本のスタイルよりも、本に書かれていることの方がもちろんはるかに重要だ。しかしテンポがあまり良くなく、読んでいるうちに自分が今どこまで進んだのか迷子になってしまうような本は少々つらいものがある。そのあたりを良く心して取り掛かった方がきっと幸せになれるだろう。

着眼点は最高だし、丁寧な解説も素晴らしい

考えてみれば私たちの周りの環境はある程度固まってきているかもしれない。大国・強国といったらぱっと思いうかぶ国は大体みんな似通っているだろうし、歴史上の大きなイベントの流れも義務教育を経ていれば大体の人は説明ができるだろう。

だが、なぜそうなったのだろうか?

同じような祖先から同じように進化発展してきた私たちが、一部は強大な力を身につけて一部はそうでもないのはなぜだろうか。

狩猟採集を続けたグループと、畜産を推し進めてきた人と、何が違うのだろうか。

私たちの環境を形成している数多なる要因を、それぞれひとつずつ吟味して文句がないといえるぐらいのところまで掘っていくのが著者のスタイルだ。それ故に、例えば一つの史料の年代を考える際にも、どのようにその年代を算出しているのかというところから始まる。それ自体は大事なことだと思うし、非常に興味深いといえば興味深いのだが「そこまで掘るかー・・・」と思うぐらい深いところからスタートする。

確かに教科書とかに「およそ2000年前に・・・」とか書かれていても「どうやって2000年前だってわかるんだ?」と疑問に思ったことはあるが、基本的にはそう言われたらそうなんだろうなという程度のスタンスでいたため、そこからスタートするのは理にかなっている。さらにいえば、人類の特定の特徴がいつスタートしたのかという点を考えるにあたって、「じゃあ最初はどこだったのか」というのは大事な要素だ。

ちょっと冗長に感じるかもしれないし、じれったくてなかなか結論まで達しないと感じる方もいるかもしれないが、しかしこういった細かいところにまできちんと光をあてるのがこの著書の優れたところでもある。脱線のように感じるかもしれないが、全ての要素をきちんと吟味してテーブルに並べてから料理していくのがこの本のスタイルなのだ。

そのあたりを「最高に細かくて面白い」と感じるのか「蛇足から蛇足へつながっていく」と感じるかは、捉え方次第だろう。個人的に後者のように感じてしまうせっかちな方にはあまりこの本はお勧めできないかもしれない。

だが、各章に丁寧に「この章ではこれを見て、次の章ではこれを考える」という風に著者は説明してくれているので、そこを拾っていけば「ここは自分には向かないな」という部分を取り除いていけるだろう。

通して読む必要がないのはありがたいことだ。通した方が面白いとは思うが。

考えてみれば「なんで?」となる要素を巡るのが「銃・病原菌・鉄」の良さ

この本にはいくつものテーマが出てくるが、どれも考えてみれば不思議なものばかりだ。

  • 有用な植物というのは、どうやって選ばれて栽培されてきたのだろうか。
  • 例えば私たちはなぜコメやトウモロコシは食べるが、同じように栄養分が抜群なオークはあまり食べないのだろうか。
  • なぜ私たちは馬は家畜化できたがシマウマは家畜化できなかったのだろうか?
  • 今では当たり前に食べているサクランボやリンゴが一般的に栽培されるようになるまで、他の果物よりずっと時間がかかったのはなぜか?
  • 何トンもの肉が取れるゾウやカバを家畜化しなかったのはなぜだろうか?

こいった「そういえば不思議だな」と思う要素を、丁寧に分析していく。これはうんちくとしても非常に面白くて、「こういうのが読みたかったんだよ!」と思わせてくれる。

面白いのは「環境的には非常に適しているのに、先史時代に農耕を発展させたり実践したりすることがなかった地域が世界には複数存在する」(本書 上巻p.183より)ことだ。

では彼らは愚かだったのだろうか? そういうわけではない。

昔の人間とはいえ、下手すると私達よりもぐっと知識があるケースもあったと著者は主張する。確かに、私達は今は自分の環境についてあまり知識がないかもしれない。インターネットやスマートフォン、計算機などを駆使して高度なことを営んでいるように見えるかもしれないが、しかしその原理をうまく説明できる人はあまり多くないだろう。その必要がないから、と言えるかもしれないが、先史時代の人たちは私達よりもずっと自身のいる環境について知識があったかもしれない。

まとめ 長く、緻密な話だが、結論は意外とシンプル

何度も繰り返すようだが、この本は単純ではない。一つ一つの議論はシンプルかもしれないが、いろいろなエビデンスを重ねて考えて、データを積み上げて一つのブロックを完成させる。

そのブロックをどんどん積み重ねて、一つのストーリーを作っていく。

だがその過程が非常に長く、人によってはじれったく感じるかもしれない。

著者が言わんとしていることは非常にシンプルだ。

人種による差はあるのか。

農耕から始まる科学的発展のあった地域、ない地域の違いはなにか。

大陸の地理的な広がりはどのように人の発展に影響を与えたか。

家畜と病原菌の関係性はなにか。

そしてメジャーな各文明の進化を見ていく。

壮大な話だし、本当に壮大な本だ。あいにく私は著者の主張の裏付けを考えて議論できるほど知識がない人間だが、なるほどなとうなずかせてくれる魅力的な議論がたくさんあった。非常に有名な本で、多くの議論をさらに呼んだというのは納得できる話だ。

しかし、面白いか面白くないかで言えば、エンターテイメント的な面白さはほとんどないかもしれない。楽しい読書のために、という目的にはかなわないかもしれない。知識を得るという楽しみはあると思うし、知的好奇心を上手にくすぐってくれるという意味でも楽しみはあると思う。だが、やはり「サピエンス全史」のような読みやすい楽しみはなかったように感じる。

誤解しないでいただきたいが、この本は素晴らしいと思う。色々と考え直すきっかけにんらう素晴らしい本だ。だが、エンターテイメント性はないだろう。

決して時間の無駄だったとは言わないし、むしろ得るものは非常に多かった。だが、いかんせん長く辛い読書だったと言わざるを得ないだろう。

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  • この記事を書いた人

内藤エルフ

2013年東京大学法学部卒業。都内の米系投資銀行勤務。英語と日本語のバイリンガル。意識高い系そのものが好き。スターバックスでMacbookを開いてドヤ顔するのが好き(しかし仕事のファイルは持ち出し禁止なのでネットサーフィンのみ)。なお、コーヒーの味の違いはわからないけど、日本とアメリカのコーラの味の違いは7割の確率で当てられる。

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