意識高い系ブックレビュー

「アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した」はゾッとするような傑作ノンフィクション 最低賃金労働による貧困の現実と崩壊する経済社会

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

私はノンフィクションが大好きだ。実体験に裏付けられた言葉は想像の産物よりも強く訴えかけてくる事が多いし、何より自分の人生により強く結びつくような気がする。

「アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した」もそんな強く訴えかけるノンフィクションの一つだ。

著者は体当たり取材で、オンラインショッピング最大手「Amazon」の倉庫労働者、訪問介護士、コールセンターのオペレーター、そしてカーシェアサービス「ウーバー」のドライバーを実際に経験している。しかも途中でホームレス生活を送ってみるという破天荒ぶりだ。

イギリス労働者層に襲いかかるゼロ時間契約やギグエコノミーとは何なのか。働いても働いても抜け出せない貧困、そして移民労働者のもたらす功罪は何か。

潜入捜査に近い、実際にその職場を体験するというルポルタージュ作品で、残酷な労働環境を浮き彫りにしていく。読んでいて心が重くなる一冊だったが、貧困ポルノというわけではなく、日本社会もが抱えうる問題に鋭く切り込む本だった。

この本はこんな方におすすめ

  • Amazonで注文した商品がどのようにあなたの玄関に届けられるのか知りたい方
  • 移民労働者がイギリスにもたらした功罪を知りたい方
  • 非正規雇用が増えつつある現代社会の問題を考えたい方

ブックデータ

  • アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した
  • ジェームズ・ブラッドワース (著)
  • 濱野 大道 (翻訳)
  • 単行本(ソフトカバー)344ページ
  • 2019/3/13
  • 光文社

過酷なイギリスの社会状態

イギリスは深刻な状況に直面している。日本が直面している状況に親しいものだ。

ロイヤル・ロンドン相互保険組合が2016年に発表した報告書によると、英国のいくつかの地域の労働者は、退職後に一定の生活水準を保つために80代まで働きつづけなければいけないという。1993年から2912年までのあいだに、年金支給年齢を超えても働くひとの数は1.85倍に増えた。

本書 p.77より

 

執筆時点でイギリスのゼロ時間契約による労働者は100万人に迫ろうとしており、その数は2016年6月までの1年間で前年より21パーセント増加した。・・・ケアウォッチの契約書の数ページ目に、ゼロ時間契約が何を意味するのかがきわめて明確に書いてった。「仕事を提供できない期間が発生した場合においても、ケアウォッチは貴方に仕事および賃金を与える義務を負わない

本書 p.110より

 

ギグ・エコノミーとは、フリーランスの単発の仕事(ギグ)によって成り立つ急成長中の労働市場だった。依頼されるのは出来高払いのフレキシブルな業務で、携帯電話のアプリを通して割り振られることが多い。

・・・経済の多くの領域で利益率が低下するなか、企業は彼らが従業員ではないとうまく見せかけることによってコストを抑えてきたのではないか? かつて固定給と所定の労働時間という枠組みの中で行われてきた仕事−−労働者に最低賃金、有給休暇、雇用契約が与えられる仕事−−がいまでは、そのような恩恵を受けられない「自営の請負人」として分類される人々に委ねられるケースがどんどん増えていった

本書 p.259〜260より

不安定で、先行きが見えない労働環境が広がっている。

労働者に不利な契約を盛り込まれ、時には組合の活動を認められないこともある。

賃金がまともに支払われないこともあり、文句を言えば即座にクビを切られる。企業は使いたいときにだけ労働力を使い、必要ないときは一切金銭を支払わないまま待機状態に置かれる。



Amazonの倉庫の仕事はどんなものか

私はAmazonのヘビーユーザーだ。本はもちろん、歯磨き粉やキッチンタオルといった日用品、時には子供のためのおもちゃや仕事に使う文具、旅行に持っていくためのモバイルバッテリーやパスポートケースなどあらゆる品を購入するために使っている。

もちろんプライム会員だし、定期便も使用しているし、頼んだものが翌日来ないと「なんで?」と思うようにすらなってきている。ほぼ毎日、何かしらAmazonから小包が届いていると言っても過言ではない。

Amazon Echoに音楽を流してもらったり今日の天気を聞いたりもするし、週末はAmazon Prime Videoで映画を見ることが多い。

だが、私は特殊な人間ではないだろう。Amazonはすっかり日本も普及したし、多くの人が私のようなAmazonまみれの生活を送っていると思う。Amazonは今やインフラといってもいい程私たちの多くの生活に浸透している。

だがそれを支えている人たちはどんな環境にいるのだろうか

実は恥ずかしいことに、私はAmazonの倉庫はすっかり機械化されていると思っていた。注文ボタンを押したら自動で日本のどこかの倉庫でロボットがずらりと並ぶ棚の一つから私の注文した歯ブラシを取り出し、ダンボールに入れて、テープを貼り、それを発送するのだと。

2019年現在、Amazon倉庫はそこまで自動化されていない。機械の力を借りながら、人の手によって商品を棚から取り出し、それを箱に詰めている。

著者が実際に働いたイギリスのAmazon倉庫では、人々は指示を受け取るための機械を装着して、その機械の指示通りにサッカー場10個分の広さの倉庫を右往左往し、素早く梱包したいるという。少しでもペースが遅いと怒られ、トイレ休憩もできない。パフォーマンスが悪いとあっというまにクビになる。

マネージャーたちは、前日にそのシフトの間に起きたあらゆるミスについて説明した。・・・生産性のためであればm生理現象さえ犠牲にされるべきだとでも言いたげだった。・・。トイレは1階にしかなく、この巨大な建物の最上階で働く私たちのグループのメンバーは、4階分の階段を降りないとトイレにたどり着くことができなかった。

本書 p.66より

著者は数日で足のサイズが1.5倍に膨れ上がり、食事をする暇も気力もないから毎日何キロも歩き回っているにも関わらず体重が増加していった。ストレスゆえにタバコと酒を求めるようになり、毎日のように怒鳴られてクビになっていく同僚を見ては虚ろな心になっていく。

その様子が如実に書き起こされているから、なかなかにヘビーで衝撃的だ。食後のコーヒーを楽しみながらノホホン気分で読む本では決してない。



訪問介護やUberの仕事もやはり過酷

この本の最初に紹介されたAmazonの仕事の印象が強烈だっただけに、訪問介護サービスやUberの仕事は比べるとマシに見えたかもしれない。だが、同様に過酷だ。

顧客のために便利にするがゆえに、かえって顧客に不便になっているという概念が出てきたが、その通りだと感じることは多々ある。利益を追求するがあまりに、サービスを効率化・簡略化しているつもりが、逆効果ということもあるのだ。

訪問介護サービスは10分刻みで介護士が行動するため、コミュニケーションの暇がない。介護を受けている方は介護はもちろん、時には話し相手がほしいことだってあるのだ。ウーバーはカーシェアのように乗り合わせサービスを提供しているが、結局客同士で喧嘩するわ、ドライバーは複数人まとめて乗せるから支払いが減るわでいいことがない。

コールセンターの仕事も均質的なクオリティを求められる大量生産と同じことをサービスを通して行っている。厳しく管理され、評価されていく労働環境は非常に過酷だ。

正直なところ、この本を読まなければ「指示通り荷物運ぶだけでしょ?」「車運転するだけでしょ?」「電話で二度と会うこととのない人とおしゃべりするだけでしょ?」なんていう偏見を抱いていたかもしれない。現実はずっと厳しく、残酷で、そして物悲しい。大企業の小さな小さな歯車となって、モチベーションを維持することも難しい中、ただ毎日仕事に励む。

事あるごとに「評価」を下げられ、理不尽な対応をされ、そして給料もいつまでも是正されない「手違い」によって満額支払われない。

私だったら耐えられないし、そのような環境に耐えながら働いている人たちによって今の社会が出来上がっていることにナイーブながらあまり考えもしなかった。私の中で過酷な労働はアジアの工場で子どもたちが靴や鞄を作っているとか、そういう典型的なイメージばかりだ。まさか先進国であるイギリスで、それに近いことが起きているとはあまり想像できないだろう。

だが著者は体当たり取材でその現実を我々に突き出してくれる。

彼いわく、裁判を起こしたり社会に訴えかけたり、新聞に投書したりする人たちは余裕があるからそれができる。多くの人は余裕がないし、選択の余地がないから、この問題に声を上げることができない。「あなたの代わりはいくらでもいる」と言われて、実際問題多くの移民たちがイギリスで手に職をつけようと希望を持って大挙してくるのを見ると、「自分の職が危ない」と思ってしまうだろう。

その悲しい循環に、著者は警鐘を鳴らす。

真面目な移民たちと彼らを恐れる現地民

この本には著者が体験した職場で出会った多くの移民労働者が出てくる。

東欧からやってくる移民たちは非常に真面目で、最初は大きな期待を持って職場にやってくる。「うまくいけば正社員になれますよ」「この間表彰された優秀な人はこんなに給料をもらっていましたよ」「ここではみんな一つのファミリーです」といった甘い言葉に誑かされ、期待に胸をふくまらせてくる。

だがすぐに過酷でアンフェアな現場に遭遇し、希望を失っていく。それだけでなく、現地民からは「あいつらが来たから、俺達の仕事がなくなっている」と差別的な扱いを受ける

その悲劇的な軋轢がどんどん悪化し、大きな社会問題にまで膨れ上がっていく。

企業は安くて真面目な労働力を搾取することしか考えていない、と著者は語る。それが資本主義であるし、過酷な条件でも受ける人間がいるから結果的にその悪循環は止まらない。

私達がその事実から真っ向から立ち向かい、結果としてアマゾンが即日配送をしなくなり、値段も上がってしまっても良いのだろうか? 残念だが、多くの人は見ず知らずのルーマニア人の人生がちょっとよくなることよりも、自分の頼んだ歯磨き粉が即日届くほうを選ぶだろう。



まとめ 二つの世界のせめぎあいで、私達はどうするべきなのか

著者は結局この格差はそう簡単には是正できないと述べる。

貧富の格差はますます広がるばかりで、移民を受け入れて移民とその他の間の格差がなくなったとしても、格差はなくならない。人が人らしい最低限の生活ができることがなによりも大事だと彼は訴えかけ、その根底として著者が経験してきたどん底の生活がある。

私はこの本を読んで、複雑な気分になった。

貧困層にあえぐ人々の悲惨な生活を文章を通して知り、これはひどいと憤ると同時に、では自分が今の環境を手放してでも彼らを救いたいか否かという、非常に意地悪だが正義の質問が湧いて出てくる。なにか方法はないのか、何か第三の道がないのだろうかと考えさせてくれる、とてもパワフルな本だ。

皆さんは、この本を読んで何を思うだろうか。

この本を読むのはつまりは余裕がある証拠なのかもしれない。余裕ある立場から、「下界に覗き込む」ことで、何ができるのだろうか。何が変わるのだろうか。

深い議論が必要なトピックについて、少しでもフェアな意見を持てるように、この本は促してくれる

  • この記事を書いた人

内藤エルフ

2013年東京大学法学部卒業。都内の米系投資銀行勤務。英語と日本語のバイリンガル。意識高い系そのものが好き。スターバックスでMacbookを開いてドヤ顔するのが好き(しかし仕事のファイルは持ち出し禁止なのでネットサーフィンのみ)。なお、コーヒーの味の違いはわからないけど、日本とアメリカのコーラの味の違いは7割の確率で当てられる。

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