金融機関に務めている私だが、超がつくほど嫌いな分野がある。会計だ。
お前バンカーとしてそれでいいのか? と思われるぐらい、会計は頭痛がする。財務諸表は気合で読めるようになったが、もう本当に大嫌いだ。全ての分析の源と言って差し支えがないのに、大嫌いだ。
その理由は置いておくとして、この「会計の世界史」も本来の私ならまず買わない本だろう。
じゃあ何故買ったのか。包み隠さず言う。間違えて買ってしまった。別の世界史の本を買うつもりが、平積みになっていたこの本を買っていたのだ。だから家に帰ってタイトルに「会計」と入っているのを見てぎょっとした。これは何らかの悪い夢なのか、と。
だが結果的にこれは奇跡の出会いだったと言っていい。間違えて買わなければ決して手に取らなかったであろう会計の本が、こんなにも超絶面白いなんて思わなかった。
この本はこんな方におすすめ
- 会計にまつわる歴史を面白おかしく読みたい方
- 世界史の流れに沿って知見を得るのが好きな方
- とにかく面白いノンフィクションを読んでみたい方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- 会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ―500年の物語
- 田中 靖浩
- 単行本(ソフトカバー)446ページ
- 2018/9/25
- 日本経済新聞出版社
旅をするように読む素敵な本
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この本は「旅」をさせてくれる。会計というテーマを持って、時代という波に乗って、イタリア、イギリス、アメリカと旅をしていく。それだけでなく、途中で色々な国に立ち寄っては挨拶をして、何か新しいものを持って、次の土地へと向かっていく。
行く先々で出会いがあり、発見があり、その度に「会計」は発展していく。
本当にバカ正直に話すと、もし私がこの本に中学の頃出会っていたら、公認会計士でも目指していたかもしれない。それぐらい、この本を読む前と今では会計が違うものに見える。
「バランスシートとは〜」と無味乾燥な(ごめんなさい!)簿記の勉強を頭の中に叩き込んでいたあの苦痛だった時代は、もしかしたらこの本を読んでいればぐっと身近に、そしてぐっと魅力的に写っていたかもしれない。
著者の経歴を調べてみると、公認会計士として働く傍ら、「笑いが起きる会計講座」というなんとも興味深いものをやっているそうだ。もっと早く言ってよ! こんな面白い本、こんな面白い人がいるならもっと早く言ってよ!
そう、心の底から叫びたくなるような一冊だ。
散りばめられた小ネタが本当に面白い
私は小ネタが大好きだ。だから「サピエンス全史」は近年読んだ本の中でもとびきり面白いと思ったし、小ネタを通して知識を定着させるのが好きな人間だ。ただ何も考えずんものを記憶するよりも、エピソードに絡めたほうがぐっと理解が早いし、記憶に定着しやすいと思っている。
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だから著者のスタイルは非常に私の理想に合っているし、みなさんもきっと楽しく読めることだろうと思う。
上げていったらきりがないが、例えば今で言う銀行に親しいところの組織が中世イタリアにできたとき、「お金を貸すこと」にはあまり力を入れていなかった。
そこには「まさか」と思うような理由がありました。
中世のころ、キリスト教は商人が「利息」をとることを禁じていたのです。
中世キリスト教が利息を禁止していたのは、「時間は神のもの」だったからです。時間は神の所有物だから、そこから生じる「利息」もまた神のもの。よってこれを商人がとることまかりならぬ、これが当時の常識でした。
本書 p.34より
そのことから利息を取る、当時で思われていたところの「汚い仕事」の金貸しはユダヤ教徒に任せられた、とのことだ。
昔利息を禁止するイスラームの法律について少し勉強したことがあるが、何を勘違いしていたのか不勉強だったのか、キリスト教も利息を禁止していたとは知らなかった。ユダヤ人に金貸しが生業として元来多かった、というのもどこかで聞いたことがあったが、それが全て結びついたのだ。
そしてこれが「会計」にどう結びついてくるのか?
利息が欲しい商人たちは、いろいろな方法を画策して「これは利息ではない」と理由をつけてお金を取っていく形になるが、その結果として為替手形などが発展したと著者は説く。そういったちょっと笑ってしまう、あるいは えっ? と思ってしまうような小ネタをはさみつつ、大筋から決して離れることなく、話は進んでいく。
世界初の株式会社である東インド会社が倒産したことから、のちの会計制度が磨かれたという話も興味深かかったし、コカ・コーラやジャズを説明に混ぜ込むといったがしっと読者の意識を引きつける手腕も見事だ。
会計だけにとどまらない、かゆいところに手が届く本
会計と経済、さらに言えば歴史は切って語れない。この本はそれをしっかりと教えてくれる。そして決して難しくないのだ。
堅苦しい内容のように思えるかもしれないが、仲間が揃って同じ利益を追求しはじめた昔々の組合のようなところから、現代でよく聞く「ファンド」とは何かというところに綺麗につながっていく。
何がいくら売れたかをざっくり見ていた帳簿が、今や投資家が色々な指標を使って分析する「バランスシート」へと替わっていく。
ROIとは何か? EBITDAとは何か?
いずれも「ファンド」「バランスシート」「EBITDA」と単語だけ出てきても「横文字こわいよう」となりがちだし、実際にwikipediaとかを意気揚々と開いてみてもいきなり何書いてるかわかんねえぞとなって放り投げだしたくなる。
だが著者は私達にもわかりやすいように(中学生ぐらいであれば本書は楽しく読めると思う)本当に原始的なところからスタートしてくれる。
じゃあただ簡単に解説している本なの? といえばそれは違う。
原点からスタートして、今へと行き着く。それは点だけ見ていてもわかりづらい内容だ。流れなのだから、線で見ていかなければならない。
そして線を綺麗に、小ネタを交えながら私達の興味をがっしりと掴んで、するすると進めてくれる。気づいたら、私達は一番最初の何もなかった場所から、現代へと到着しているのだ。
これほどにわかりやすく、そしてこれほどに楽しく会計の歴史を説明してくれるとは思わなかったし、「会計」だけにとどまらず色々な知識をその道程で身に着けさせてくれるのだ。
結論 着眼点が面白すぎて、やめられない
まさか私が「会計の世界史」というタイトルの本を下ろすことができず一気読みする日が来るとは思っても見なかった。
三日前の私に「お前、三日後に「会計の世界史」って本を一気読みするよ」なんて言われても「何? 罰ゲームで読まされるの?」と言ったことだろう。
いやはや、三日前の私をぶん殴ってやりたい。
こんな面白い本、なかなか出会えない。これは本当に僥倖だ。読書していて最高に気持いいのは、こういう「思っても見なかった、面白い本」に出会えることだ。
書いてある内容はちょっと歴史(経済史)をかじったことがある人なら知っているような内容ばかりかもしれない。だが、それを綺麗にストーリーに紡ぎ合わせ、ダ・ヴィンチの絵画からビートルズの楽曲までつなげていってくれるのは本当に著者の優れた手腕によるものだ。
会計とは、こんなに面白かったのか。会計だけじゃない、経済、絵画、音楽、企業活動、もうあらとあらゆる分野で「面白い!」とうならせてくれる。この作者は本当にすごい。
褒めすぎて過呼吸を起こしそうなのでこれぐらいにしておこう。あなたが「会計」という言葉に私と同じぐらいアレルギー反応を感じているのであれば、なおさらこの本をおすすめしたい。「面白いほどよくわかる会計の本」とかそういうタイトルで痛い目が合っている人も、お願いだから、この本を試してみてほしい。
すぐに実務レベルの会計知識が身につくとか、そういう本じゃないかもしれない。だがそれよりも大事な「とっつきやすさ」を私達にもたらしてくれる。「会計」大嫌い人間のわたしが言うから、信じてほしい。この本を手にとって、「会計エンターテイメント」の世界へ飛び込んでほしい。