皆さんご存知の通り、私は自己啓発本があまり好きではない。こんな胡散臭いブログを運営しておいてなんだが、どうも胡散臭い気がするし、あまり結果につながるようなものではないと個人的に感じていた。自己啓発が必要な人は甘い言葉で「君は大丈夫、こうしたらきっとよくなるよ」と言われたいだけなんじゃないのとか辛辣なことを考えていたりもした。
だからこの超分厚い「insight」も、私が敬愛する蔦屋家電のビジネス新刊コーナーにででんと面置きされていなかったら、まず手に取ることはなかったかもしれない。とはいえ、食わず嫌いはよくないし、話題作にはきちんと触れておきたい。
そうして手に取ったこの「insight」だが、非常に長くてなかなか結論にたどり着けない構成になっているのはさておき、とても有意義な本であった。
自己認識とは何か。自分の能力を過大評価してしまい、そしてそのことに気づけないという恐ろしすぎるシチュエーションをどのように打破するのか。
こんなに長いレンガのような分厚さの本なのに、本書はそこだけに焦点を絞って書かれている。そしてその分、非常に濃度の高い内容となっている。このテーマにすこしでもピンときたら、本書を手に取るのは決して悪い結果にはつながらないだろう。
この本はこんな方におすすめ
- 自分の本当の能力と、自分が思い込んでいる能力にズレがあるのではと危惧している方
- SNSに人がはまったり、自己承認欲が出てくる仕組みを知りたい方
- 豊富なエピソードと考察につまった長い本を読むのを厭わない方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- insight(インサイト)―いまの自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力
- ターシャ・ユーリック (著)
- 中竹 竜二 (監修)
- 樋口 武志 (訳)
- 単行本(ソフトカバー)528ページ
- 2019/6/26
- 英治出版
insight(インサイト)――いまの自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力
エピソードに次ぐエピソード
まず本書について話したいのが、そのエピソードの多さだ。この多さは尋常ではない。
中には非常に興味深いものも含まれている。
- 決して叱らず、褒めることしかしないことを信条とした学校はどんな結果を生んだか。
- 自分は最高のリーダーで、優れた能力を持ち合わせていると思い込んでいる短気で嫌われている男が、最低な人間だと言われた時の反応とその後。
- 倒産の危機にあったフォードで、新商品の発売を延期しないといけないと役員にどう説明するか。
様々なシチュエーションの様々な経歴の人間がかぞえきれないほどのエピソードに登場する。中には「ほうほう、それで?」となるようなグッと惹かれるものもあれば、個人的には「ふーん」と流してしまうようなものもあった。
私はエピソードが豊富な本は大好きな人間だが、正直食傷気味になったのは事実だ。この500ページ近い本のうち、冗談ではなく350ページぐらいはエピソードに費やされているのではないかと思う(巻末資料があることを考えると、もっと割合はすごいことになる)。一つ一つのエピソードがストーリー仕立てで長く、なかなか結論にたどり着かない。そして結論としてまとめられているのはほんの数行だったりするケースすらある。
別にそれが悪いことじゃない。エピソードは想像力を掻き立ててくれるし、なにより難しい内容を理解しやすい形で私たちにもたらしてくれる。だからその点を批判するつもりはない。
だがこの本のエピソードはなんといっても数が多いし、長い。
読み進めるのがだんだんと辛くなるぐらいにエピソードが多いし、結論を早く知りたいのに「ここでスティーブという人間について紹介しよう」なんて言われたらちょっとイラッとしてしまうことすらある。
だから短気な人間にはお勧めできないし、「それを説明するために、この話って必要だった?」と突っ込みたくなるような人間にも要注意だ。
とはいえ、内容は面白いものばかりだし、毎日少しずつ読み進めていこうぐらいの気持ちで本書に臨むのであれば、非常に楽しい読書となるだろう。
自己認識の奥深さ
こんな風に考えたことはないだろうか:
「もしかすると、私の周りの人はみんな私のことをバカにしていて、本当は私は何もできていないのにできていると思い込んでいて、裏では笑われているのかもしれない」と。
結構多くの人が、こういう恐怖に駆られるのではないだろうか。
以前紹介した「THE TEAM (ザ・チーム) 5つの法則」でもあったが、こういった恐怖心を持つ人は多い。それが著者のいう自己認識の一環である。
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「THE TEAM (ザ・チーム) 5つの法則」はチームリーダーだけではなくメンバーの取るべき選択肢や運営方法を解説した体系的でわかりやすい一冊
チームリーダーのあり方、あるいは会社といった比較的多い組織レベルのあり方を示した本は多いが、チームそのものを考える本はあまり多くないのではないか。 この「THE TEAM」はチームの一員としての心構え ...
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自己認識とは、要するに、自分自身のことを明確に理解する力ーー自分とは何者であり、他人からどう見られ、いかに世界へ適合しているか理解する能力だ。
本書 p.15より
私が「周りから無能だと思われているのではないか」と恐れるのは(いや、実際無能かもしれないがそれはおいておこう。悲しくなるから。)、つまり自己認識が正しくできていないために起こる情動だ。もし自分のことをきちんと理解しており、客観的に何ができて何ができないかを把握しており、自分の仕事ぶりや他人との接し方を中立的に評価できるのであれば、それは自己認識がきちんとできているということになる。
だが多くの人は、そんな哲人のような自己認識を持ち合わせていない。
こんな面白い(そして悲しい)一文がある。
行動経済学者でノーベル賞受賞者のダニエル・カーネマンによると、「自分の無知を棚に上げることにかけて私たちは、ほとんど無限の能力」を持っている。研究では、人間が自分のことを客観的な事実以上に賢く、面白く、細く、見た目が良く、社交性があり、運動神経があり、優れた学生で、優れたドライバーだと見なす傾向にあることが示されている。
本書 p.85より
なんということだ! だが、あるいはそうかもしれない。
日本人の場合はその国民性ゆえに、あるいはあまり表立ってそういう風に自身を評価することはないかもしれない。だが、心の中でそう考えている人はもしかすると少なくないのかもしれない。
「あいつよりはマシ」という気持ちでいることがあるのではないだろうか。だが、それははたして正しい認識だろうか?
金融業界、IT業界、看護業界など、さまざまな業界のプロフェッショナルたち1万3000人以上を対象とした研究では、自分で評価したパフォーマンスと、客観的に評価されたパフォーマンスのあいだには、ほとんど何の相関関係もなかった。
本書 p.86より
私たちは年齢や経験を重ねれば重ねるほど、驚くことに、自身の能力を誤って評価しがちなのだという。
自己認識はどのように磨くのか
著者は様々なエピソードでいかに私たちの自己認識が誤っているかについてこれでもかというぐらい叩きのめしてくれる。お前らは自分のことを何もわかっていない、と(そこまではいっていないが、そういわれたぐらいの衝撃が走る内容だ)。
では、実のところ、何をすれば私たちの自己認識は正しい方向へと向かうのだろうか。
これについては、著者は様々な方法を提示してくれる。
中には非常にわかりやすいもので、「評価してくれる第三者を置く」ことや、「これはこうなるぞ、と予測したものが、後になって実際どのような結果だったかを常に振り返ること」といったアドバイスもある。分かりやすいが、まぁ誰だって思いつくようなことだし、むしろそれを怠っている人の方が少ないのではと思う。
では、自分について深く考えていけばいいのだろうか?
自分について考えるという行為は、自分について知ることに何の関係もなかった。それどころか。いくつかのケースでは、反対の結果が確認された。内省に時間をかければかけるほど、自己認識が低下したのだ。
本書 p.153より
この原因は、正しい内省をしていないからだと著者は説く。
私たちは思考の中にも多くのバイアスを持っていて、自分のことについて考えても正しく認識ができないのだ。
以前「Work Rules!」のレビューで紹介したように、人には最初結論を出して、それに当てはまる証拠を探しがちになるという「確証バイアス」が存在する。
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「ワーク・ルールズ! ―君の生き方とリーダーシップを変える」は出し惜しみなくGoogle社の最強人事術を説明するずっしり濃厚な本
Googleはすごい会社だ。それは誰もが疑う余地がないことだろう。Googleの検索エンジンに頼っていた私達は、今やGoogleのメールサービスや地図サービスを日々活用するようになった。何らかの形でG ...
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なので、「何故」ではなく「何」に軸を置いて考えるのが大事であると著者は説明する。
「なぜうまくいかなかったのか」
「なぜ周りの人は自分の言うことを聞いてくれないのか」
こういう内省の仕方だと、自分の都合の良いエビデンスを集めてしまいがちだ。「結論」を無意識に決めてしまって、それに当てはまるように思考を歪めてしまう。
そこで著者は「何」を軸にした質問をするべきと説明する。
本当に自身にするべき質問
「次に何をしたらいいのか」
「何がうまくいって、何がうまくいかなかったか」
「自分は今、何を感じているのだろうか」
こういう質問は、ぐっと自身について知ることができると著者は説明する。
同じミスにこだわり続ける内省もよくはない。そういう反芻行為は何も生まないことがほとんどで、それどころかネガティブなスパイラルに陥りがちにすらなる。
とてもシンプルな解決法
著者が説明する解決法は、シンプルなものばかりだ。
もっとドラマチックな、魔法のような結果を求めている人にとっては「これだけページ数を費やしているのに、結果が人の価値観に頼れだとか、内省のやりかたをちょっと変えろだとか、フィードバックのもらいかたを変えろとか、そんな程度のことなの?」と思われるかもしれない。
だが、そう結論を急いではいけない。
著者は多くの研究データを用いて、「こうすれば確実によくなる」という明確な道を示してくれている。
- 何故、他人のほうがあなたのことを客観的に見ることができるのか?
- 後悔や反省はなぜうまく結果につながらないのか?
- なぜ、自分のライフストーリーを確認することが、自分の未来へとつながるのか?
- 哲学的な質問よりも、具体的な質問のほうが自分を認識しやすいのはなぜか?
どれもシンプルで、パッとしなくて、「そうなんだ」で片付けられそうなものだ。
「まぁ、そういう傾向はあるかもね」とそもそも漠然と思っていたかもしれない。だが研究、データによって裏付けられてくると印象は大きく変わる。
エピソードによって話のきっかけを作り、関連する研究を紹介し、どのようなメソッドを取れば正しい自己認識につながるかということを、本書は示してくれている。
とても些細で、素朴で、ともすれば「え、それだけ?」となるような結果でも、その裏付けとなる考えをしっかりと理解できれば行動への移しかたはだいぶ変わってくるだろう。
まとめ 些細な気づきが、自分を変える
私たちの自己認識はとても些細なことで、とても間違った方向に行きかねない。自分はすごいデキる奴だと思い込んでいるダメな人間も、ちょっとした方向の転換で驚くほど、それこそ「生まれ変わったように」という月並みな表現をしてしまうぐらい、変われるものだ。
それだけ人間は変幻自在だし、そう考えると「魔法のよう」かもしれない。
だが、実はそのきっかけや方向転換は実にシンプルなものばかりで、そこだけ切り取ってみると「なーんだ」となってしまうようなものばかりだ。だがその「なーんだ」といいたくなるような「たったその程度?」と思う結論をきちんとできている人はどれだけいるだろうか。
この分厚い本で著者が勧める解決策や方針を「なーんだ」「その程度」「それだけ?」で片付けてしまうような人間ほど、注意が必要かもしれない。
むしろ「その程度のことで変化なんておきないし、それぐらいみんなやってるから、阿呆らしい」と思っている人ほど、正しい自己認識ができていないのかもしれない可能性すらある。
私はこの長い本を読んでいる途中、何度も「そんな当たり前なことを著者はこんな長々と時間をかけて説いたのかい」と思ったのは事実だ。
だが、結果的にはそれは私の誤りだった。なぜその当たり前を人はできていないのか、あるいは「できていると思っているが、実のところ間違えている」のか。その裏にどのような人間の心理が働き、どのような研究がなされ、どのような解決策があるのかを語ってくれる。
「持ち帰りがなかったな」なんて思わないでほしい。エピソードが多く読み進めるのが困難な一冊ではあるが、非常に有意義なものを私たちに提供してくれる一冊なのだ。
insight(インサイト)――いまの自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力