事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
全くもって、スティーブ・ジョブスという人間はそのカリスマ性以上に波乱万丈な人生に苛烈な性格を持ち合わせた、興味深い傑物だ。興味深いなんて生易しい言葉では足りないかもしれない。
アイザックソンの伝記「スティーブ・ジョブス」はそんな彼の人生に迫る、摩訶不思議なノンフィクションだ。ジョブスの人生がエピソードとドラマに満ち溢れていて、フィクションであっても面白いと思わせてくれる。
そんな興味深い一冊について紹介していきたい。
この本はこんな方におすすめ
- アップルの奇抜な創設者の人生を追いたい人
- 純粋に面白いノンフィクションが好きな人
- 酷い性格の人間が成功することを看過できる人
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- スティーブ・ジョブス
- ウォルター・アイザックソン(著)
- 井口 耕二(翻訳)
- 単行本(ペーパーバック) 490ページ程度、上下巻
- 2012/11/16
- 講談社
こんな人は上司にしたくない
この本を読んで真っ先に口から漏れたのは、「ジョブスと一緒に働いた人たちは可哀想だ」という素直な感想だ。
私も仕事をしたいたらエキセントリックな上司は一人や二人は出会ったことがある。なかなか満足してくれない人や、他人を罵る人だっていた。私も十分に「嫌な上司あるある」を語れると自負したいたところ、ジョブスはその域を軽々超えて行ったのだ。
もちろん、ジョブスは大きな成功を収めている。みんなが知るアップルを創立したのも、一度離れた後に戻ってきて今みんなが知る形へと引き上げたのもジョブスだ。数々の画期的な製品を作り上げたのももちろん皆さんご承知の通りだ。
とはいえ。
その反面、彼もトラブルが多かった。とんでもない失敗をしでかしたり、人間関係をこじらせたり、そこだけ見れば「絶対に会社経営をしちゃいけない人」としか見えてこない。
そもそも、ジョブスのことを高く評価している人の殆どは最後まで彼と残ったり、ジョブスに高く評価された人たちだけだ。無論ジョブスは人を見る目は優れていたのであろうし、非情な評価を下された人たちも正当な評価の結果であったのかもしれない。
だがどうもフェアじゃないと言うか、この本に出出てくる、ジョブスの事を語る人たちの評価と実際にジョブスがしでかしている事を並べると、アンバランスさを感じざるを得なかった。
どう考えても世界一「いい人」なスティーブ・ウォズニアックにあそこまでひどい仕打ちをできるなんて、クレイジーだとしか言いようがない。この本を通して私はとにかくウォズニアックのファンになった。菩薩だよこの人は。
カリスマの淵源はどこなのか
人はエキセントリックな人間を好む傾向があるのかもしれない。燃えるような精神とものすごいスピードで評価を下していくブルドーザーのような特性は多くの人が持ち合わせていないものだ。
それ故に、人はそういう自分にない特性を持っている人間を高く評価しがちだ。同族嫌悪というか、自分に似ている人よりかは自分とは全く違う人に惹かれるのが人間の性である。
もちろん、スティーブ・ジョブスは特殊な人間だ。強烈なパーソナリティの裏には強烈な才能があるし、それは誰しもが認めることだ。
だがジョブスは決してフレンドリーな人間ではないように(少なくともこの本を通してでは)映った。彼の評価は最高かゴミかの二元論であり、すごいスピードでその極端な結論を下していく。もちろん、それを裏付けるだけの彼の頭の中の優れた評価システムが存在していたのかもしれないが、それにしてもエキセントリックである。
それが彼のカリスマの源だったのかもしれない。もちろん、類い稀な独創的センスは人を惹きつける要素だが、あるいはマゾ意識というか、あそこまで苛烈だとついて行きたくなる何かがあるのかもしれない。
アイザックソンの文章はそういったエピソードが満載で、ジョブスと共に働いた人たちの「証言」が出てくる。彼はひどい人間だったが・・・といった形で語る人間も少なくはない。
あいにく、文章だけではジョブスの人となりを知ることはできなかった。
一緒に座って、話して、仕事をして、そうしたらはじめてわかる魅力のようなものがあるのかもしれない。ジョブスは確かに魅力溢れる人間だし、素晴らしい功績を残してきたとは思うが、各エピソードの中に「なぜ?それでもなぜ、人はついていくの?」という疑問が残った。
大成功を収める商品はあったし、新しい時代を切り開いていくという意識が当然彼と共に働いていた人々は持ち合わせていたのだろう。だが、それだけで(といったら本当に失礼なのだが)、その目には見えないもので彼らの心をガッチリと掴んでいたというのが不思議でならない。
もしかすると、私が純粋に嫌な人間と仕事するのに辟易してしまったのかもしれないが・・・。
波乱万丈とはまさにこの人を表す言葉
全くもって、ノンフィクションは面白い。
こんな人間が実在したのかと思うと動悸が止まらなくなるし、彼の直面したトラブルやハードルの一つ一つが手に汗握る冒険譚のようだ。ノンフィクション狂の私だからかもしれないが、この本はとにかく面白い。
波乱万丈にもすぎる。
生い立ちも強烈だし、若い頃から亡くなる直前まで壮絶だ。おそらく私の人生100回分ぐらいのイベントを彼は経験している。毎日がドラマで、決して私が想像していたようなトップ・エグゼクティブの人生ではない。
山あり谷ありで、イメージとしては谷が異様に多く感じる、それぐらいぶっ飛んだ存在だ。
それ故に、読み物としてはこの上なく面白い。下手なサーガよりもイベント満載だし、その都度ジョブスがどのような選択をするのか(そして多くの場合、私にはそれが支持できないし私なら絶対に取らないような選択肢だ)がたまらなく面白い。
事実、彼の反省を描いた映画やドラマがい無数あるのだから、それだけに話の宝庫であると考えても良い。
彼のロジックは理解できるようでできなく、残酷なようでひどく子供っぽいところもある。むしろ、子供っぽさをずっと持ったまま大人になった人間だからこそ、これほどのことを成し遂げられたのだろうか?
いずれにせよ、私は月並みなことしか言えない。アップダウンが激しすぎて、「とにかくすごかったよ」とアホ丸出しなコメントしかできないのだ。
しかし納得できないところも非常に多かったのは事実だ。
なぜこのような人間に人がついていったのか、実物を知らない以上わからないのはもちろん、プロダクトデザインの成功もどうもトントン拍子だったところもあり、納得ができないと思うところもある。
数字が全てを語っているのはもちろんのことだが、もうすこしそのあたりを掘り下げてほしいと個人的に思った。成功の裏側の、人間的な苦労ではなく、マーケットでの受け入れられ方など(もちろん、それに本書が全く触れていないわけではない)触れて欲しかったとは思う。
著者のバイアスは存在するか
バイアスが存在しない作品なんて「円周率一覧」みたいなものしか存在しないと思うが、ある程度バイアスをおさえることは大事だ。もちろん、スティーブ・ジョブスについてこれだけ分厚い本を書こうと思ったのだから、なんらかの形で著者はジョブスに執着していたことに違いはない。
とはいえ、基本的にこの本はフェアであったと感じた。
ジョブスの発言を紹介し、その反証となる事実や別の人物の発言を取り上げていかにジョブスが自分の都合がいいように物事を解釈していたのかが浮き彫りにする場面もあったし、とてもフェアだ。
事実関係については当然私は当事者ではないし資料を読み漁ったわけではないのであまり文句をつけることはできないが、基本的に公平に事実を取り上げて説明しているのだと思う。意図的にねじ曲げられたところがあった、というレビューもあまり見かけない。
著者はしかしジョブスに非常に近い人間であった。
ジョブスの側でジョブスの話を直接聞いたし、死後にこの本に取り掛かったわけではない。
それ故に、何か意図的に排除されたものがあるのかな?と思う気持ちがなくはないし(もちろんそんなことはないだろうが)、それ故にジョブスが語った言葉を中心に繰り広げられる記述については内容の妥当性はわからない。
とはいえ、強く批判するわけでも、手放しで肯定するわけでもなく(たまにジョブスの子どもらしい態度を擁護することがあるが)全体としてはとてもフェアな作者であるという印象を受けた。
結論 読み物としてものすごく面白いが、持ち帰りは少ない
私がスティーブ・ジョブスのような態度で人に接したらおそらく一日と持たずに会社をクビになるだろうし、この本で持ち帰るべきことはそんなことではない。
あくまで一人の偉大な(そしてなんとも憎たらしい)人間の人生を記し、その内容の物珍しさとエピソードの面白さに喜びを見出すための本である。
結論としては、ジョブスは二面的な人間であった。
非常に優れた才能を持った、ディテールにとことんこだわる職人であり類まれな先見の明も持ち合わせた人間としてのジョブスと、みんなから嫌われるいじめっ子でアンフェアで感情的な非常な人間としてのジョブスだ。
他方が片方を作ったわけではないと私は感じた。
たまたまこの両特性が一人の人間に宿り、互いが互いに大きく作用したとは(著者のスタンスとは違って)あまり思えない。
善き人間ジョブスという天才も、なんの才能もない酷い性格のジョブスという悪魔も存在し得た。たまたまこの二つの特性を併せ持ったカリスマがジョブスなのであって、それ以上の関連性はないと思う。
あくまで、私の意見だ。
この本から別の考えを見出す人は多いだろうし、多分私は少数派だ。
没してなお人を魅了し続け、「ジョブスがいたらこうではなかった」と人々に言わせ続けるこの人物を少しでも知りたいと思うのであれば、この本は最高だと思う。