問題解決に関するビジネス書は星の数ほどある。どれも何らかのフレームワークを導入したり、アウトプットの手法や体裁について述べていたり、結果的に便利なのかもしれないけれども、肝心な「入り口」を論じていないことが多い。
この本は題名の通り、根底にある問題、イシューからはじめるべきと解いている。そもそも知的労働の生産性というのは、根底となる問題に対してどのような解をもたらしたかにかかっている。であるならば、イシューの焦点がボケていてしまえば意味がない。
論理だけに寄りかかり、短絡的・表層的な思考をする人間は危険だ。
世の中には、「ロジカル・シンキング」「フレームワーク思考」などの問題解決のツールが出回っているが、問題というものは、残念ながらこれらだけでは決して解決しない。
本書 p.39より
とても当たり前の議論で、んなのわかっとるわいと思われるかもしれないが、これが案外うまくできていないことが多い。そう、根底にある問題を掘り起こすのは意外と大変なのだ。表面的な問題を解決しても、本当に必要だったことにまで切り込めていないことはある。
序盤に出てくる「問題を解く」のではなく「問題を見極める」というのはまさにそのポイントずばりだ。これがどれほど難しいか、仕事のみならずなんらかの根深い問題に直面したことがある方ならわかってくれるだろう。
本書はそんな「イシューの見極め」から始まり、道を踏み外すことなく、かつ効率的に問題を解決していくための技法やマインドセットを教えてくれる。ただのフレームワークやビジネススキルの本ではなく、この点に絞って掘り進めていく分、とても有意義なものとなっている。
この記事はこんな方におすすめ
- 表面的な問題での対処療法ではなく、根底から刈り取る技術を学びたい方
- 上手な仮説の立て方、そしてその検証の方法を学びたい方
- すごい経歴のすごい人が書いた仕事に対する考え方を読みたい方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」
- 安宅 和人
- 単行本(ソフトカバー) 248ページ
- 2010/11/24
- 英治出版
著者の経歴がまずすごい
私は肩書に弱い人間だ。というのも、その人がどのような経験を積んできたのかを知ると、言葉の重みが違うからだ。そしてそれだけ豊富な引き出しがあって、様々な問題に対して多角的な考え方を言える可能性が高くなるからだ。
そういう意味では私は「権力にあらがえー」とか「職歴なんて気にするな!」とかいう感じのニューウェーブには決して乗れない人間だ。長いものにはもう首が締め付けられるぐらい巻かれてしまう、従順で意識低い系の人間だ。
だが、ビジネス本を読む際には本当に著者の経歴は大事だと思う。ビジネス本(に限った話ではないが)を手に取るのは、その著者の知見にあやかりたいからだ。
著者の安宅和人氏は博士号持ち、マッキンゼー出身、現在ヤフーのチーフストラテジストという平伏するしかない三点セットの持ち主だ。もうこれだけでパワーがやばい。
そんなレベルの人間が
「僕自身の体験を踏まえ、一緒に仕事をする若い人によくするアドバイスがもう一つある。それは「根性に逃げるな」ということだ。労働時間なんてどうでもいい。価値のあるアウトプットが生まれればいいのだ。
本書 p.35より
なんて書いていたら、「流石だぜ・・・」となるしかない。私だけだろうか。
さておき、本題に入ろう。
高い質の仕事をいかに排出するか
世の中にある「問題かもしれない」と言われていることのほとんどは、実はビジネス・研究上で本当に取り組む必要のある問題ではない。
世の中で「問題かもしれない」と言われていることの総数を100とすれば、今、この局面で本当に白黒をはっきりさせるべき問題はせいぜい2つか3つくらいだ。
本書 p.27より
本当に解決しなければいけない問題にリソースを費やすべきなのに、そうではない、些末な問題に力を入れてしまっているから仕事のクオリティが低くなる。仮に一つ一つのイシューを潰していったとしても、それは途方も無い労力がかかるし、それによって成功しても今後のためにならないしよきリーダーやマネージャーにはならないのだ。
室の高いアウトプットをするためには、まず「イシュー度」の高い、重要な問題に噛み付いていけなければならないと著者は説く。
しかしイシュー度の高い、本当に重要な問題をすぐに見抜くのは難しい。そんな簡単に見抜けるのであれば苦労はしないし、そう簡単ではないからこそ問題なのだ。
それに対して著者は、「イシュードリブン(イシューからはじまり、イシューによって突き動かされる)」サイクルを提案する。どのようにまずイシューを絞り込み、そこから仮説を組み立てるか。そしてどのようにその仮説を試すか。その結果、当該イシューが重要か否か、どのようなアウトプットが期待できるかがわかってくる。このサイクルも一回で回し終えられるものではなく、何度も何度も繰り返し回して経験を積んでいくことが重要なのだという。
限られた時間と労力をいかに配分して、いかに効率の良いアウトプットを出すかが肝心なのだ。
どのようにイシュードリブンにサイクルを回すのか
仮説とは、どのように立てればいいのだろうか。著者が提案することは非常にシンプルなものばかりだ。まずは仮説を立てなければ、どのような情報を集めればいいかわからない。だから問題に対する答えに仮説を立てて、それを実証していく。これだけ書くと非常にシンプルに見えるが、「その仮説立てができないんだよ」と思うかもしれない。
ここでまず車輪が回り始めるのだから、とても丁寧にアプローチしていかなければならない。だが、丁寧すぎても時間ばかりをいたずらに浪費してしまい、生産性が高くなるとはいえない。
著者はそこで「どのように仮説を言葉にするのか」「よい仮説のための3条件とはなにか」「表面をなぞっただけの、なんちゃってイシューではないのか」といったアドバイスを出しながら、いくつかテクニックを紹介してくれる。
共通性を探す、関係性を見つけ出す、グループ分けをしてみる、といったテクニックは非常にシンプルでわかりやすいが、いくつか例を出しながら解説をしてくれるのでとてもついていきやすい。
仮説は数必要なので、コツを伝授してもらえると読みと手としては大変うれしいのだ。
その後の検証のソースのあたり方も「情報を集めすぎてはいけない」等、一見「なぜ?」となるような面白いコツも出てくるので嬉しい。
イシューをベースに、どのように問題解決のストーリーを描くのか
著者はイシューを分析するためには、ストーリーラインが大事だと説く。イシューに即したデータ収集が終わったら、それらの意味を考えて、並べて、ストーリーを組んでいくという「よくあるアプローチ」は使わない。
このように個別の分析を進めて、検証結果を追加し、場合によっては「本当に全部のデータを集めたのか」という不安にかられ、データを取り直したりする。
だが、本書で紹介しているやり方はこれとはまったく逆だ。劇的に生産性を高めるには「このイシューとそれに対する仮説が正しいとすると、どんな論理と分析によって検証できるか」と最終的な姿から前倒しで考える。
本書 106ページより
なるほど、言われてみればその通りだ!
仮説をバチッとまず固めて、「じゃあどうやったらその仮説が正しいか正しくないか証明する?」と来るのだ。
言われてみれば本当に単純なのだが、私も正直「よくあるアプローチ」を考えていた。多くのピースを集めて、そこから全体像を確認しようとする。だが、もしデータが全てでなかったとしたら? そうしたら最初から全体像の組み直しだ。
イシューを分解し、そのサブイシューに個々の仮説が見えれば、自分が最終的に何を言わんとするのかが明確になる。ここまでくればあと一歩だ。
イシュー分析の次のステップは、分解したイシューに基づいてストーリーラインを組み立てることだ。分解したイシューの構造と、それぞれに対する仮説的な立場を踏まえ、最終的に言いたいことをしっかり伝えるために、どのような順番でサブイシューを並べるのかを考える。
本書 p.125
このように著者の考えるストーリーラインに構造は一般的な「データの並び方」のストーリーラインとは違う。
ストーリーラインの組み立て方や2つの型など、更に詳しい解説がここから入ってくる。ここからも鮮やかな展開なので、ぜひ本書を手にとって読んでいただきたい。(あまりネタバレしたくないのが本心だ)
ストーリーラインから、まとめへ
この本はイシューから開始して、仮設を立てて、ストーリーラインを立てることを重要視する。そこから現れてくる結果をまとめるのは大事だが、サイクルの最後の段階にすぎない。ここまでサイクルを回したら、あとは勝手に回るといったとこらだ。このサイクルをいかにスピーディーに、そして何度も回すのが大事だというのが著者のスタンスだ。
なので最後のアウトプットの箇所はわりとさらりと触れられているに過ぎないが、書かれていることは綺麗にまとめられていて有意義だ。
論理構造に問題がないか?
補強が足りないところはないか?
全て、簡潔に説明できるか?
こういった確認項目がテンポよく出てきて、非常に読んでいて気持ちいい。サイクルを締めくくるには本当に気持ちいいのだ。
個人的に好きだったのが、「デルブリュックの教え」という箇所だ。
ひとつ、聞き手は完全に無知だと思え。
ひとつ、聞き手は高度の知性をもつと想定せよ。本書 p.206より
本当に良い指針になると思う。それ以外にも、チャートの作り方も説明してくれる。「1チャート・1メッセージ」など、私が以前記事にした「プレゼン資料の作り方」にも共通しているところがあって興味深かかった。
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まとめ きわめて実用性が高い、生産性を本気であげにかかってくれる本
色々なビジネス書を読んできたが、本当に知的生産性の向上に焦点を当てて、その中でも「イシューを見抜く」という点に特化しているのは本当に興味深い。
広く、浅くではなく、ピンポイントで深くという本はなかなかないのだ。しかし本当にビジネスにおいて役に立ちそうなものばかりで、読んでいて非常に有意義な作品だった。
これほどの経験を持った方の経験やエピソードを聞くのはもちろん最高に刺激的で面白いが、本書はあまりそういったエピソードが出てこなかった。実はそれが問題なのではなく、それだけにロジックに裏付けられた内容だったということだ。エピソードは想像を喚起して読者を次のステップに備えさせてくれるものだ。著者はそれを必要とせず、徐々にロジックを組み立ててナチュラルに議論を展開してくれる。
この著者の他の作品も読んでみたくなる、そんな素晴らしく実用的な一冊だった。