自分で考えるのも大事だけれども、時には答えを出してもらいたいときがある。ミステリー小説ではなくビジネス書には、結論から書いてもらうか、論理的な道筋を示して最後にキレイにまとめてもらいたいものだ。自分より頭がいい人や自分の経験をしたことがないことを経験した人の本を読むとき、いつもそう願っている。
この人は自分よりずっと上のレベルで、何を見ているのだろうか? この人の出す結論は、何なのだろうか? それが綺麗にまとめられて示されたとき、私は本当に喜びを感じる。
デービッド・アトキンソンの「日本人の勝算」はそんな一冊だ。
日本が直面している少子高齢化、経済の停滞といった問題点を緻密に分析し、きちんと論文という形の拠り所を示しながら、結論を出していく。そして「ここが問題だ」と言うだけにとどまらず「こうしたらよくなるはずだ」と道を示してくれている。
まるで水戸黄門を見ているような、勧善懲悪というか綺麗に問題提起、分析、解決の提示と流れているから見事だ。ときに厳しいツッコミを入れながら、日本のここがいけないが、こうしたらよくなると教えてくれる。想定される反論も拾いながら「こう反論する人が多いが、それはこういう理由で間違っている」と書いているのもお見事。
私はこういう本が読みたかったんだ、と思い出させてくれる素晴らしい一冊だ。
この本はこんな方におすすめ
- 日本が直面している問題が何なのか、その原因は何なのかを知りたい方
- 上記の問題に対して現実的な解決策を提示してもらいたい方
- アメリカや中国だけではなく、それ以外の国々との比較をして欲しい方
- きちんと根拠になっているデータを示してもらいたい方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- 日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義
- デービッド・アトキンソン
- 単行本(ソフトカバー) 323ページ
- 2019/1/11
- 東洋経済新報社
物語のように一貫している本
個人的に一番ぐっと来たのが、この本が物語のように一貫しているからだ。
問題の根底に人口減少を据えて、まずはその現実を受け入れるところからはじめる。人口増加を目指すのではなく、もう既に既定路線となった人口減少を直視し、そこから何ができるのかを考えていく。「いいものを安く」から付加価値をつける路線へと変更し、生産性を向上するためには小規模企業を減らし、賃上げを目指していく・・・。
ものすごい論点の羅列のようだが、この本のすごいところはそれらの点を綺麗に線でつないでいるところだ。「こうなるとこうなりますよね。であれば、次はこれが必要です」と流れていく。章ごとに議論するべきポイントが明確にされており、その議論があらかた出尽くすと次のステップへとスムーズに展開していく。
正直なところ、似たようなコンセプトで書かれているはずの「日本再興論」とは正反対だ。
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「日本再興戦略」は頭がいい人が書いた上から目線で結論が伝わってこない微妙な本だった
久しぶりに頭を蹴っ飛ばされるような衝撃の本を読んだ。 書いてあることは面白いけど、論理が飛び飛びでスノビッシュな作品だし、なんというか、意識高い系であるはずの私ですらぶっ飛ばされるぐらい意識高い本だっ ...
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こういうのが読みたかったんだよ! と思わせてくれる、本当にきれいな展開だ。
この本は数々の論文を参照しながら、日本が取るべき方策を検討していく。新鮮だったのは、ただ単純に「アメリカではこうしているから、日本もこうしましょう」「エストニアはここまでも進んでいます。日本も追いつきましょう」みたいな国レベルの比較でなかったことだ。
日本のように大幅な人口減少に直面していない海外で実施されている従来型の経済政策をそのまま参考にしても、日本では通用しません。日本と同じような問題を抱えている先進国はありませんので、そのまま日本に使える答えは海外にはないのです。
本書 p.22より
ここまできっぱりと言い切ってくれると、すごく清々しい。「そこまでいうなら、じゃああなたの答えを聞かせてください」とならないだろうか。
賃上げと会社の数の減少
著者は日本の問題点を克服するために、賃上げを提案する。
総括すると、日本は社会保障のためにGDPを維持する必要がありますが、人口減少と高齢化によって需要が構造的に減ります。日銀は銀行に流動性を供給していますが、民間のニーズがないため、このままでは流動性が市中に流れません。そうであるならば、個人消費を増やすための別の政策が必要になります。それが「賃上げ」です。
本書 p.50より
安易に言ってくれるじゃないの、と思わせてくるが、しかしそれを巧みに説明するのが著者のすごいところだ。
日本の労働者の質の高さに比べて、生産性に難があるということをデータで証明しつつ、輸入と輸出のバランスを最新論文で再確認しながら、賃上げの必要性について語っていく。
最低賃金、格差、技術革新、女性の社会進出・・・気になるキーワードを「賃上げ」にからめて、世界中のデータを比べながら検討していく。まさにこの章がこの本の肝となる箇所であり、非常に興味深い。生産性が低い企業をピンポイントでターゲットするために、最低賃金の引き上げが効果的に効くということを説明しながら、そのポジティブな効果は失業率、消費、雇用の増加にも波及すると著者は語る。
確かに本書を読む限りでは、実に理にかなった方針のように思える。それが一定の成功をあげているケーススタディもあげられると、なるほどなぁと唸ってしまう。だが、日本の場合は圧倒的に中小企業が多い。それをどう解決していくか、という点についても別に章で徹底的にケアしているのだから見事だ。
著者の論調がズバズバしていて面白い
ズバッと物を言う作者というのは気持ちがいいものだ。
あらためて言うまでもなく、日本は先進国です。その先進国である日本の輸出を増やす話をしているときに、中国を競争相手として考える発想自体に問題があります。
本書 p.99より
GDPという分母が非常に地位いさいので、日本の研究開発費の対GDP比率が高くなるのは、ある意味、当たり前なのです。研究開発費をGDPで割って、アメリカよりその比率が高いから云々と論じることは、きわめて危険で単細胞な理屈です。
本書 p.139より
・・・韓国で2018年1月に実施された16%の[最低賃金の]引き上げです。たしかに韓国の場合、失業者の増加など、引き上げによる悪影響も確認できます。
しかし、韓国で悪影響が出たのは、引き上げ方に問題があったからです。韓国で一気に16%も引き上げるのは、さすがに極端すぎました。
韓国の例を出す人たちは、日本の経済力の強さを絶賛し、普段は「韓国の経済は輸出に頼りすぎている」「技術力は日本と比べ物にならない」など、韓国経済を厳しく評価しているわりに、この件にかぎっては韓国の例を都合よく使っている印象を持っています。
本書 p.188より
なんというか、本当にズバッと物を言う人だ。
内容が正しいか否かは私ごときでは判断しきれないが(論文のオリジナルにあたっているわけでも、生のデータを見に行っているわけでもないし)、ただ読んでいてここまで痛快にロジックを進めてくれると「やってくれるなぁ」とこちらまで楽しくなってしまう。これは素晴らしい。
とはいえ、私達にできることは少ない
本書は凄まじい勢いでロジックをぶつけてきて「ここが問題! だからこうしたほうがいい! 理由はこう!」と優しすぎるぐらいに結果を突きつけてくれる。読んでいると「いやはや、そのとおりだ」と思わせてくれる。
だがふと気になったのは、ほとんどのものは一般読者レベルでは実行ができないことだからだ。
賃上げも「よーし、明日からやっちまうぜ」と思って私ごときができる話ではない。企業の数を減らすべきだとか、教育のあり方を見直すべきだという議論も全くもって正論だとは思うが、私ができることは殆どない。
しかし、それが無駄だというわけではない。
私達が有権者としてこの国の未来を考えていく時に、政治の場面でどのように一票を投じるか、どのように候補者の公約を考えていくか・・・そういった場面で非常に心強い指針となるのではないだろうか。
少し大きなスケールで話がまとまってしまって、個人レベルでの持ち帰りが少ないのではと思った気もしたが、しかしそれ以上にこの国の問題点とその解決案を一つでも多く知ることができたというのは本当に有意義な経験だ。
そして、この国の未来をただ憂うだけではなく、希望を示してくれているのも嬉しい。それが正しいか、正しくないかはおいておいて、ただ停滞するのではなく、何か前向きに進める、試すことができる方針があるかないかでは大違いだ。
まとめ 客観的で、ズバッと決まる日本の「勝算」
日本はどういう問題に直面していて、それに対して「賃上げ」はどんな効果を及ぼすか。日本はそれにまずどのように反応するか。反論は何か。しかし、それでもなお、なぜ最後は成功するのか。
一時的な成功ではなく、持続性があるものにするためにはどうするか。
全てが理路整然としており、丁寧だがダイナミックに展開されていく。著者の思考をなぞらせてもらっているようで、読んでいて刺激的で純粋に「面白い」。無駄なエピソード話やたとえ話はなく、「成功した例」「失敗した例」を見つめつつ、それぞれの理由を説明していく。
そしてただ海外の例を日本に当てはめするだけではなく、きちんと日本でその施策を展開した場合にどのような結果が予想されるかを考えていく。
どこまでもまっすぐで、どこまでも痛快だ。
日本の未来は暗いかもなぁ・・・と思っている人こそ手にとって読んでもらいたい。これはただのビジネス書ではない。