先日ようやく「長い間読もうとしていたけれども結局読まなかったもの」リストの筆頭にあったジャレド・ダイアモンドの「銃・鉄・病原菌」を読了した。ふと本屋に行くと、同著者の最新作「危機と人類」が並んでいた。やはり同じような分厚さでぺらぺらっとめくったところ非常に重そうな感じはしたが、ノンフィクション好きで「銃・鉄・病原菌」が非常に良かったことから手に取ることにした。
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「銃・病原菌・鉄」は誰しもが気になるテーマを巡る読みづらいが興味深い大冒険な作品
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結論から言うと、この本は読み物としては非常に面白い。ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」のようなものかと思うと(「銃・鉄・病原菌」も似たようなことを考えていた)だいぶ違うのだが、ノンフィクションで歴史の様々な面白い場面に触れていくという意味では似たようなコンセプトかもしれない。
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「サピエンス全史」はまさにトリビアの泉、おもしろエピソード満載なおすすめの一冊
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著者は、人類が歴史上(この本の場合は近代に限定される)直面した様々なクライシス(危機)を切り取って、そこからどのような対応をとって、どのような結果をもたらしたのかを語っていく。そしてそこからどのようなことを後世になって我々は学ぶことができたのかを説明していくのだ。登場するのはフィンランド、日本、チリ、インドネシア、ドイツ、オーストラリア、そして現代のアメリカと日本である。つまり対象となる国が限定されており、それぞれの国も特定の時期の出来事(例えば日本であれば黒船来航を発端とする一連の出来事、フィンランドでは冬戦争と継続戦争、その後の対ソ連外交といったように)に絞られているため、広く浅くというよりかはピンポイントである。
とはいえ、それぞれの国について触れられるのもせいぜい50ページ程度であり、例えば日本を一つとっても、黒船来航とそれに起因する出来事についておそらくいくつもの本があるように、とても深く掘り進んでいくというようなものではない。こと日本について言えば、おそらくは多くの人は義務教育の歴史の授業で学んだ程度のレベルの知識のおさらいに終わるだろう。
だが、それにジャレド・ダイアモンド氏の慧眼と知見が合わさると、ぐっと面白みがましていく。
長く単調な本に思えるかもしれないが、一読の価値はあるだろう。
なお、私は英語版原著を読んだので日本語訳についてはコメントできない。
この本はこんな方におすすめ
- 近現代史の「ターニングポイント」から学びたい方
- 人類が近代で直面した危機とどうやって乗り越えたかを知りたい方
- ジャレド・ダイアモンドを読みたいけれども、長く重苦しい本は苦手な方
- ノンフィクションが好きな方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- 危機と人類
- ジャレド・ダイアモンド
- 小川 敏子 / 川上 純子 (翻訳)
- 単行本 上下巻 それぞれ約280ページ
- 日本経済新聞出版社
- 2019/10/26
意外と外国の歴史は知らないことが多い
私は好きな分野については深く踏み込むが、あまり興味がない分野についてはさっと触れる程度しかしない人間だ。まぁ、おそらく多くの人間がそうであろう。
だからフィンランドについての知識は(一度訪れたことがあるということもあり)それなりに知っていたが、チリの歴史についてはからっきしだった。チリがどこにあるかですら少し怪しく(なんだか細長い国だったなぁ、という程度でどこがボリビアでどこがアルゼンチンだかも一緒くたになっている)、インドネシアの歴史については行ったことがある国にも関わらずさっぱりさっぱりであった。
そういう意味では、このジャレド・ダイアモンドの「危機と人類」は知らない国についてそれぞれのターニングポイント(の一つ)となった出来事を知ることができ、それが現在に至るまでどのような影響を及ぼしているのかを学ぶ機会を得られたのは非常に嬉しかった。
フィンランドひとつとってみても、教科書的な知識で戦後のソ連との関係も薄くは知っていたが、どれほど彼らが細心の注意を払って、そしてどれほど国益のことを考えてその道を歩んできたのかについてまでは私は恥ずかしながら無知であった。
ジャレド・ダイアモンド氏の見解が必ず正しいとはもちろん言い切れないものの、「そうだったのか、知らなかった」と思わせてくれるところがこの「人類と危機」には非常に多かった。だがただ知識の羅列で終わってしまう本ではなく、本筋はその危機にその国がどのように対応して、どのような選択肢からどのような選択をして、そしてそれが今に至るまでどのような影響を与えているのかについて考察をすることである。
それ故に、この本がある国の歴史を紐解くときは、その前提条件となる知識を説明するに足る程度の説明しか行わない。だからディープな知識について説明されることを期待していたら、少し拍子抜けするだろう。とはいえ、簡潔でありながらも事実に即しながら丁寧に解説を進めており、時系列的に追いやすいのである程度知識がある人でもおさらいと頭の体操にはもってこいだろう。
結論の部分は少し強引な気もする
ジャレド・ダイアモンド氏はまず危機に対応する際の「法則」というものを出している。とてもシンプルなルールだが網羅的で、それらを各章の終わりでそれぞれの国の危機対応についてあてはめをしていくという構成だ。
個人的にはここが一番肝心であるはずなのに、ページ数が比較的少ないことに違和感を感じた。ざっくりと、前提となる歴史の説明が3だとすると帰結の部分は1程度のページ数ではないかと思う。
もちろん説明が長ければ長いほどよいというものではないのは十分理解しているが、それもやはりもう少し欲しかったなという気持ちはする。そこが肝心な本なのに、どうも「わかりやすい近現代史の教科書」に著者の説明を少しくつっつけたような構成になってしまっているのだ。
日本の例を取ってみても、黒船来航からの鎖国の取りやめ、その後の明治維新とターニングポイントは続々と現れており、それの結果としての今の日本のあり方が存在するわけだが、あまり深い考察はなされなかったように思える。日本についてはあまり知らない人であったとしても、少し帰結が乱暴かなと思わなくはなかった。
せっかく「銃・鉄・病原菌」で深い考察を重ねた著者なのだから、もっとページ数が増えたとしても、そして取り上げる国の数を減らしたとしても、もう少し深い考察がなされていれば、と思わなざるを得なかった。この本の最初の方で「危機と人類」の内容について説明がなされているが、広く浅くの方向であるなど少し言い訳っぽい書き方がされていたのが気になった。何か、急いでこの本を仕上げる必要性でもあったのだろうか。
そんな勘ぐりをしてしまうような、少し「軽い」本であった。
私達は過去から何を学ぶのか
結局の所、私達は多くのことを過去から学ぶことができる。だが、過去の何もかもを把握できるわけではないし、人の知識と経験は無限とはいえ常識的に考えてどこまでいけるかの射程距離に限界はあるだろう。
そういう意味では、この「人類と危機」は様々な面で「ちょうどよい」塩梅の経験の汲み取り方をしていると私は思う。
ジャレド・ダイアモンド氏は「人類と危機」で何を伝えたかったのかについては現代の日本とアメリカについてあてはめて考えているそれぞれの章で明らかになるが、つまるところは過去に学べるところは必ずあるとはいっても、次第にそれは薄れてしまっていくところもある。
必ずしも私達は過去から学べていないのだ。ではどのように過去の危機から上手にポイントを汲み取るのか。それをジャレド・ダイアモンド氏は考察し、いくつかの分類にわけて、後世に残せる形でポイントをはっきりされていっている。
とはいえ、やはり一冊の本ですべてをカバーすることは難しいし、とはいえ一点に集中してしまってはそれはそれで重苦しい本になっただろう。個人的にはもう一歩踏み込んでほしいと思うところは多かったが、このあたりが限界なのかもしれない。
まとめ 「人類と危機」は興味深い歴史の考察を未来への道標となる一冊だった
正直なところ、「銃・鉄・病原菌」のような本を求めていた私としては少し拍子抜けする、「広く浅く」な一冊だった。それ自体が悪いわけではないが、もう少し濃厚な議論をジャレド・ダイアモンドから求めてしまうのは当然のことだろう。
とはいえ、知らないことがやはり多くジャレド・ダイアモンド氏の博識さにはかなり驚かされた(正直、フィランド語のうんちくなどところどころで本筋とはあまり関係ないのでは・・・と思ったりしなくはなかったが)。国の大雑把な歴史一つにいても、知らないものだなぁと自分の愚かさが染みた一冊でもある。
だがそこからの持ち帰りにもう一歩なにかあればと感じざるを得なかった。確かに著者の言うような危機への対応の原則は正しいと思うところがあるし、色々と学べることも多いのだが、それがはたしてトリビアとして終わってしまうのか、私達個々人が日本を担っていく上で有効活用できるのか、その境目は非常に曖昧だ。
深い考察を得られて、世界の謎を解き明かしたというわけでもなく、とはいえ明日どのように生きたらいいかの指針となる一冊であった、とも言いづらく、少し中途半端な消化で終わってしまった感は否めない。
とはいえ、読み物としては非常に読みやすく、ページ数の割にはかなりサクサクとストーリー的に進むのでちょっとしたノンフィクションを読みたい方にはおすすめだ。