意識高い系ブックレビュー

「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は共感、同情、軽蔑の奇妙なミックス

「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は共感、同情、軽蔑の奇妙なミックス

アメリカの高校一年時の課題図書だったのがこのサリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ (The Catcher in the Rye)」だ。当時中二病をまだ引きずっていた私は人生で読んだ本の中で一番いい!と思っていたものだが(本作の主人公風にいえば「これにはもう参っちゃったね」)、あれから10年以上経って読み返してみると、なんとも奇妙な作品だった。

初めて読んだ時に感じた「この本には真実が書かれている」という気持ちがすっかりなくなり、「このトンチキは何を言ってるんだ? 早く大人になれよ」という軽蔑に近い感情が湧き上がってきた。

その理由は何なのだろうか? 私は本作の主人公、ホールデンのいうところの「偽物」になってしまったのだろうか? 世の中にはインチキ野郎が溢れているが、私もその「インチキ野郎」になってしまったのだろうか。

子供の目線で書かれた本を大人になって読んでみると、こうまでも感想が変わるのかという不思議な気持ちになった。

この本はこんな方におすすめ

  • アメリカ文学のカルチャーアイコンに触れてみたい方
  • 尖っていた子供の頃を懐かしみたい方
  • 有名なフィクションを読んでみたい方

ブックデータ

  • キャッチャー・イン・ザ・ライ
  • J.D. サリンジャー (著)
  • 村上 春樹 (翻訳)
  • 新書 361ページ
  • 2006/4/1
  • 白水社
キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

J.D. サリンジャー
900円(12/03 06:14時点)
発売日: 2006/04/01
Amazonの情報を掲載しています

そもそも和訳版が不思議かもしれない

私は高校生の時にはじめて本作を読んだときは、原著を読んだ。当時はアメリカの高校に通っていたので、まぁ当然といえば当然だ。

この本の翻訳のしにくさというのは、主人公のホールデンが若者言葉で口が汚く、ちょっと斜に構えた感じが英語特有の用語のセンスで出ているからだ。和訳も当然丁寧にされていると思うが、やはりその当たりの「ホールデンらしさ」が出ていないなと個人的に感じてしまった。

これは訳のクオリティの問題ではなくて、どうしても言語の壁から生じる問題だ。

しかしそれ以上に、村上春樹氏の翻訳だと「村上春樹」になる

なんでもかんでもうらぶれているし、やくざなものが多いし、長い台詞回しはもうにじみ出る村上春樹っぽさがあるのだ。何故なのだろう。

私は村上春樹氏に対する特別な感情はないのだが、あまりにも「村上春樹」になっていて笑ってしまいそうになった。というか、サリンジャーを日本語にしたら村上春樹なのかな。どうなのでしょう、ハルキストの皆さん。

先生の言っていることが、この歳になって分かった。

私の高校一年生の時の英文の先生はドクター・コールマンという方だった。博士号(確かT.S.エリオットの研究)を持っているから皆でドクターと読んでいたが、スキンヘッドにピアスの元米軍でベルリンの壁崩壊の話をよくしてくれた、全然ドクターっぽくない人だった。

そんな彼が二ヶ月ほど続く「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の授業を始める際に、こんなことを言っていた。

この本には不思議な魅力がある。ジョン・レノンをぶっ殺したやつが警察が来るまでの間読んでいたのがこの本だ。全然殺人を促す本とかじゃあないんだけど、とにかく色んな人を惹きつけるし、まぁそんなわけで高校のカリキュラムにもなっている。アメリカを代表をする作品でもある。だから何らかの形で君たちの印象に残るだろう。

中には最高の一冊だ、って思う人が毎年何人もいる。そう思うなら結構だし、それは本当の感想だからそれでいい。

だけれども、絶対に、大人になって働くようになったり、自分の子供ができたりしたら、また読み直すべきだ

先生はこの本が大嫌いだ。さあ、はじめよう。

信じてくれないかもしれないが、本当にこう言った。ほぼ一字一句間違えていないと言えるぐらい、鮮明に覚えている。

そして彼の言う通り、私は読了後「これは世界最高の本だ」と思った。ホールデンが世の中を全部「インチキだ」と切り捨てていくのが痛快だったし、本当に私は世の中はインチキだらけだと思っていた。この本には真実が書かれている、尊い本だと思った。

だがドクター・コールマンのアドバイスの通り、あれから10年以上経って、仕事をはじめて子供もできた今読んでみると、私はこの本に軽蔑すら覚えるようになっていた。

なぜ、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を嫌いになったのか

本自体が嫌いなのではないけれども、登場人物のホールデンは耐えられない。昔はあれだけ「大人だ」「反体制の象徴だ」なんて思っていた男が、今読み返してみるととんでもなく幼稚に思えた。

当時の私が読解力に劣っていたとは思えないし、その気持はどこからきたのだろうか。

きっと私はこの十数年の間、社会に出て、正義が通用しない世の中に触れたのだろう。正論を言っている人は昇進しないし、正しいと分かっていても過ちだと認めて頭を下げなければいけない。こうした方が絶対にいいと思っていても、いろいろなルールを考えるとそれができない。エスカレーターの片側はいつまでも空ける。

私はそんな人間になっていた。でも私は間違っているとは思っていない。それがベストなのだと、自分では真剣に思い込んでいる。

だから私もきっとホールデンからすると「インチキやろう」なのだ。

何もかもが嘘みたいな世の中なのは、きっと、人と人が合わないし心が通わない世界だからこそなのだ。スムーズにうまくいく世の中じゃないから、少しでもスムーズになるように、神経をすり減らしてでも、流れに乗って忖度をして、より正しいと「信じられている」ものに迎合する社会にいるのだ。

だから私はきっと、ホールデンと並んで世界を批判する側から、批判される世界の人間となって、だけれども自分の立場にも正当性があると信じているから、ホールデンに対して幼稚さを軽蔑の念を感じているのだ。

「早く大人になれよ、ホールデン」と言いたくなるが、だけれども同時に「その心はきっと清らかで、正しいからなんだよ、ホールデン」とも言いたくなる。だから同情と哀れみすら感じるし、懐かしさも感じる。昔の自分が、すっかりがっかりした顔つきでこっちを見ているような、そんな気がするのだ。

恥ずかしさがあったのかもしれない。

この本を敬愛していた自分に対する恥ずかしさよりも、そこからぐんと変わった自分に今まで気づいていなかった恥ずかしさだ。

カルチャーアイコンとしての「キャッチャー・イン・ザ・ライ」

この本はいろいろなところで、いろいろな取り上げられ方をする。

そういう意味では教養の一環として読んでおくべきなのかもしれない。

いろいろな分析がなされていて、よく言われるのが「戦争が終わって、戦争を知らないで育った子どもたちに対して、社会が「こうあるべき」と押し付けてきたものが存在するのだけれども、平和になって闘争を知らない子どもたちはそれに反発した時代なんだ」というものだ。私は当然戦争を知らないから、この議論の良し悪しはわからないけれども、とにかくいろいろな見方をされて分析をされて、今にいたっている。

高校の頃の同級生にあって、しばらく日本を案内したりして、最後のほうでもう話すネタがなくなったら「なあ、キャッチャー・イン・ザ・ライを覚えているか? ほら、一年生のときにやったじゃん。あれって今思うとさ・・・」なんて語れるのかもしれない。

この本を読もうか悩んでいる方に紹介したい一文

最後にこの本で本当に心の底から好きな箇所を紹介したい。

少し長いけれども、この本を手に取るきっかけになれば嬉しいなと思う。

でもね、この博物館のいちばんいいところは、なんといってもみんながそこにじっと留まっているということだ。誰も動こうとはしない。君はそこに何十万回も行く。でもエスキモーはいつだって二匹の魚を釣り上げたところだし、鳥たちはいつだって南に向かっているし、鹿たちはいつだって溜まりの水を飲んでいる。素敵な角、ほっそりとしたかわいい脚も同じ。おっぱいを出したインディアン女はいつだって同じ毛布を織っている。みんなこれっぽっちも違わないんだ。ただひとつ違っているのは君だ。いや、君がそのぶん歳をとってしまったとか、そういうことじゃないよ。それとはちょっと違うんだ。ただ君は違っている、それだけのこと。今回君はオーバーコートを着込んでいるかもしれない。あるいはこの前に列を組んだときの君のパートナーは、今回は猩紅熱にかかっていて、君には新しいパートナーがいるかもしれない。

(中略)・・・つまり僕が言いたいのはさ、君はなんらかの意味でこの前の君とは違っているということなんだ。

「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(村上春樹訳) p.205より

私はこの部分を何度読んでも、ぐっとくる。そして高校生の時にはじめて読んだときとは、また違ってこの箇所が見えてくる。

私は変わったのだろうか?

ただ歳をとったとか、そういうことではないのだろうか。

次に私がこの本を読むのはいつだろうか。10年後? 子供が成人したとき? 死ぬ間際? どうなのだろう。きっとその時は、また違う感じ方をしているかもしれない。

我が子と重ねて、ホールデンを愛するのかもしれない。さらに軽蔑するのかもしれない。

そういう意味で、本当に不思議な本なのだ。

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

J.D. サリンジャー
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