この「Pitch」のすごいところは、ひとりのカリスマ社長の俺様ストーリーではなく、起業をサポートする人たちが書いた「起業の秘伝のタレ」だからだ。
まさにパーソナルトレーナーのマル秘アドバイスと言った感じで、なかなかこういう貴重な本には出会えない。何より、起業だけに使える話に終わらないのが非常に魅力的だった。
起業の「裏側」の説明からはじまり、どのように人々に訴求するアイデアを作り上げ、そのメッセージを確実に投資家たちに届けるかという点を事細かに説明して行っている。
この本はこんな方におすすめ
- 起業を目指している人のみならず、アイデアの具現化をしたい方
- 人に「刺さる」アイデアをどうやって導くか知りたい方
- 論理的かつ実践的な思考法を、先人の起業家たちから学びたい方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- Pitch ピッチ 世界を変える提案のメソッド
- Open Network Lab
- 単行本 240ページ
- インプレス
- 2020/7/27
「ピッチ」はそこらへんの起業本や自己啓発本とは全く違う性質の本だ。
世の中には起業系の本は溢れている。
起業をした第一人者から、何をどうやって起業を成功に導いたのか、華々しい内容が語られているものばかりだ。
私たちは誰だって素晴らしいアイデアを持っているし、会社作ってみたいなぁとか思うことは多いだろう。私も真剣に色々考えたことがある。こういうサイトを作れたら面白いだろうとか、こういうニーズにこういうソリューションをぶつけたらコンセンサスでウィンウィンのグランドアイデアがバーニングラブみたいなやつだ。
まぁとにかく、私も若かった頃は(遠い目)そういう意欲を持って色々と起業本を読んだものだが、どうにもピンとこない。
つまり彼らは偉大なアイデアを持っていたからうまく起業を走らせることができて、まぁ仲違いとか音楽性の違いとかなんたらでトラブル(笑)があって、最後はより良い世界のために!みたいに駆け抜けていくのだ。
でも、駆け抜けない人はどうなるのか? というか、駆け抜け方が分からない場合はどうするのか?
私はそこを知りたいのであって、どちらかというと起業に失敗する理由、詰まる理由を知りたいのだと気づいた。
そこで出会ったこの本は画期的である。
この本はただの「成功体験」の自慢話ではない
多くの本はカリスマ社長の苦労話である。苦労話は読み物として面白いが、なかなか持ち帰りが少ない。彼ら一人一人の経験は極めてユニークで、それを普遍化して自分の人生に当てはめることが難しい。あるいはそれは私の分析力・想像力不足なのかもしれないが、いかんせんキツいものがある。
この本は、スタートアップ起業をサポートしているOpen Network Labが書いている本である。彼らは何年もスタートアップ企業の支援を行なっており、投資家への繋ぎ役を行い、いくつもの企業が彼らのプログラムを巣立っていき、上場を果たしたものもいる。
なんというかスゴい集団である。カッコいい。
しかしかっこよさだけではない。金の力でいろんな起業家を集めて数撃てば当たる戦法ではなく、きちんとしたプログラムを組んで起業支援を行なっている。彼らは非常に理性的に、ロジカルに起業にアプローチしている。
つまり、非常に優れたアイデアがあったとしても、すんなりとそれを世界の発展につなげられるわけではないのだ。
アイデアは万能ではないかもしれないし、あるいはうまく世の中のニーズにつながらないかもしれない。
そこをどう解決して、人々に繋げていくかがPitchの目標であり、Open Network Labの目標である。
そう理解すると、人生の中でもこれは容易に応用できることがわかる。何億何兆を動かす謎のカリスマの話ではなくて、より根本にある、メッセージの正しい伝え方とアピールの仕方が重要なのだ。これは私たちの普段の生活の中でも大いに役立つ知識である。
この本はその点をストレートに、そして適切な例を交えながら解説している。
様々な起業家の実際の「ピッチ」から学ぶべき重要な点は何か
例も空想のストーリーではなく、実際のOpen Network Labのプログラムに参加した起業家のビジネス提案を元に作られたものであり、説得力が非常に強い。
極めてシンプルなフレームワークを使って、必要なポイントを一つずつ潰していくのがこの本のメソッドである。
フレームワーク思考法は非常にコンサル的なアプローチで「またか」と思ってしまう人もいるだろう。確かに世の中のコンサル的なビジネス本は何でもかんでもフレームワークで「そうじゃないだろ」と突っ込みたくなるものだ。
だがこの「ピッチ」で提示しているフレームワークは非常にシンプルなものである。ビジュアル的に、投資家に訴えて自身のアイデアをフライさせるために何が必要なのかを示すものだ。大事なのは各要素であって、フレームワークありきではないということをまず念頭に置くと、非常に理にかなったものであることがわかる。
あなたのアイデアが解決しようとしている問題は何なのか? という非常にシンプルな、当たり前すぎるところからはじまり、それをいかに実用的なものにしていくかを考え、それ以上に、それをどううまく伝えるかにつなげていく。
大事なのは「どうやって人を巻き込むか」という点であると考えると、ピンとくるだろうか。
この本が画期的なのは、「素晴らしいアイデアを思いつく方法」を教える本ではないからだ。というか、そんなものを具体化することができたら誰も苦労しないだろう。より大事なのは、「素晴らしいかどうかはおいておき、アイデアがある。その可能性に人々が賭けてくれるようにするにはどうしたらいいか」なのだ。
アイデアがあるのはいい。伝えなければならないのは「なんであなたが」そのアイデアを持って走る必要があるのかと、「どうして今」そのアイデアを具現化しないといけないのか」という点である。
アイデアを起業へと導く「大切なもの」とは何か
アイデアだけで勝負できるほど、社会は甘くない。社会人になったら嫌というほど経験するあの壁だ。
しかし、何が足りないのだろうか?
プレゼンをするだけでは、なぜあなたのアイデアの素晴らしさが通じないのだろうか? そこに欠けている要素というのは確実にあって、それを分析することがこの本の肝となる部分だ。
実際問題、ほとんどのアイデアは「素晴らしくよいもの」に聞こえる。だからそれだけではあなたのアイデアが際立つことはない。そこを支えるべきポイントが必要となる。
当たり前だが、具体性が大事だ。具体的にどれぐらいの投資でどれぐらいのプロダクトが出来上がって、それはどれぐらいの集客が見込めるのかと言った具体的な要素を提示できなければ話にならない。
「ピッチ」はこの具体性をどのように考えればいいかを目指していく作品である。
トラクションをどうやって作るか。ユーザーのフィット感はどうか。ビジネスプランはどうやって作るか。どうやって「投資家の視点」に立って、自分のアイデアを客観視するか。
そういった要素を煮詰めて伝えていってくれる、具体的な本だ。
実際のピッチの仕方(プレゼン方法)やスライドの作り方も解説してくれる
面白いのは、この本はプレゼンの方法まで解説してくれているという点だ。
個人的には少し蛇足かな、と感じてしまった。良いスピーチの方法、喋り方といったものは別にこの本で学ぶ必要はないだろう。
とはいえ、デモデイをはじめとする大型イベントを運営してきたこの本の著者たるOpen Network Labはこのあたりの経験が非常に豊富故に、具体的なアドバイスができている。
人前でしゃべること自体に不安がある人には一読の価値はあるだろう。
また、簡単ではあるがピッチ用のスライドの作り方のマル秘テクも公開しているので、そちらもなかなか面白い。
まとめ 普通の社会人だって、ピッチはいくらでもある。
この本は当然、起業家をターゲットにした本だ。
だからどうしてもビジネスプランをゼロから作り上げて、投資家を説得して、何らかの結果を得るというところにフォーカスが行きがちである。
だが、だからといって普通の社会人、いわゆる一般人に通じる部分がないわけではない。むしろ、この本は普通の社会人でも活用できる素晴らしい要素の宝庫である。
自分の意志を的確に伝えるということが重視されている時代になってきているのは自明だろう。ただ年功序列のレールに乗って、上からの指示に従っていれば良い時代ではなくなってきている。偉そうなことを言ってしまっているが、心の底から私はそう思っている。自分の意見を持って、それを具体化して、さらにそれを他人に説得させることができるレベルまでブラッシュアップできないと、この先の生存は厳しい。
そういう意味では、この「Pitch 世界を変える提案のメソッド」はそのために必要な要素をイチから説明してくれている。
ぜひとも、社会人こそ読んでもらいたい、素直にそう思える本だ。