自分の人生を送るなかで、皆さんは決まったルーティン(routine, ルーチン)はあるだろうか。儀式とまではいかないが、自分の中の何かに対する決まったパターンだ。
ルーティンと聞くと例えばイチロー選手が打席に入った時にやるあの一連のバットを立てる流れなどが思い浮かぶかもしれないが、ルーティンは別にもっとささやかなものでも良い。ちょっとした決まったパターンをルーティンと呼ぶ。
ルーティンワークを決めるのは地味ながらにプラスになる効果が三つある。
思考労力の節約、心の平穏、そして軸のブレなさだ。それぞれについて、紹介していきたい。
この記事はこんな方におすすめ
- 日々の習慣で人生を楽にしたい方
- 物事に対してブレずに当たりたい方
- 日常生活のヒントを得たい方
目次(タップで開きます)
ルーティンを決めることによる思考労力の節約
ルーティンを決めると、考えなければいけない事が減る。
この例で多分皆さんが一番にピンとくるのがスティーブ・ジョブスだろうか。彼が毎日同じ服を着るのは「考えることを一つ減らすため」というのは今や誰もが知っている話だ。
私たちは日々しょうもないことで決断を迫られまくっている。自由そうに見えて、逆にその自由さに縛られているのだ。今このブログ記事を読んでいるあなたも、他の何かをしてもよい(あるいはしなくてはならない)にもかかわらず、あえて「この記事を読む」という選択を行なっている。
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例えば私は毎日仕事に行く時、ポットに紅茶を入れて持っていく。
朝、紅茶をいれてポットに注ぐ行為はもはや無我の境地というか、自然すぎて体に染み込んでいる。私は紅茶を作ってポットを準備しながら、頭の中では別のことーー例えば新しいブログ記事についてとかーーを考えている。
会社に来て自分の席に座り、ポットを出してお茶を一杯注ぐ時も、仕事をする自分に切り替えていると言える。
また、飲み物を今日はどうしようとか、何を買おうとか、財布に小銭が入っていたかなとか、そういう心配が消える。
果てしなくしょうもない話に聞こえるかもしれない。実際ポットに紅茶なんてどうでもいいぐらい小さなことだ。正直なところ、ポットの紅茶じゃなくても私の人生はほぼ変わらずうまく行くだろう。別に毎朝別の飲み物を毎回違う決済手段で毎回違う店で買っても、私の心労はそんなに変わらないかもしれない。
しかし例えば、皆さんの中で一番一日の中で落ち着くところは? と聞いたら、「お風呂だ」と答える人が多いと思う。
私たちのほとんどはお風呂に入る時「さぁ、今から石鹸を出して…」とか考えないだろう。鼻歌でも歌ったり、何か考え事をしたり、とにかくお風呂にいるにも関わらずお風呂以外のことを考えている。
それはお風呂が日々のルーチンの一部になっていることが大きな要因の一つだ(もちろん、一人になれるとか、比較的狭いとじられた空間の安心感だとか、お湯のリラックス効果だとか、石鹸のいい香りだとか、他の要素はたくさんある)。
こういう決められたルーチンをいくつか組み込むことで、私たちは一日の中のところどころで、目の前のことから解放されて、無意識に他の事を考えられる時間を得る。それゆえに、思考労力の節約になるのだ。
ルーティンワークによる心の平穏
ルーティンの良いところはその予測可能性だ。私がポットを出して紅茶を注ぐことは、私にとって何一つ意外性がない。ここで紅茶ではなくコーラが出てきたらショックだろうが、そんなことはあり得ない。
仕事や人生は予測できないものの連続だ。次に何が起こるか分からないと、やはり見えないうちにストレスが溜まっていく。
予測できないほうが楽しいことはもちろんたくさんあるし、それでもよい。
だが例えば水戸黄門のようなテレビドラマは、中身は予測できなくても結末は予測できる。印籠を出して悪党を懲らしめて、エンディングテーマが流れてめでたしめでたしだ。安心して見られて、期待通りの結末が得られる。全てのテレビドラマが水戸黄門的な構成になったら苦痛だとは思うが、こういう安心して見られる作品が安定するにはそれなりの理由がある。
私たちは安心があるとそれを拠り所にできる。
私は服装はあまり冒険せず、スーツ姿でいることが多い。スーツであれば基本的に間違いはないからだ。
冒険するときはもちろん冒険するのがよいが、そうでない場合はなるべく予測可能な人生を送りたい。急なドラマに巻き込まれたくない時の方が多い。
ルーティンを決めることは、突然降りかかる不幸を未然に防ぐことにはまず役には立たないだろうが、しかし一日の中で「これはこうなると決まっている」ことを増やすことができる。
予測可能な要素を生活に取り入れることで、心の平穏を少しでも保つことができる。
内藤エルフは静かに暮らしたいのだ。
ルーティンワークで軸がブレないようにする
人が何かミスを犯す時、軸がブレてしまっていることが多い。いつもと違うやり方をしたとか、新しい何かに遭遇したとか、疲れているとか、そういう普段と違う何かのブレに起因してミスは起こり得る。偶発的なものももちろんあるだろうが、基本的にミスは何か普段と違う環境から生じる。
もちろん、必ず自分の軸を持って物事に当たれるとは限らない。向こうから勝手に軸をブレさせようと体当たりしてくることだってある。だが、自分の行動の中で少なくとも軸がブレないようにするには、ルーティンを決めることが有意義だ。
ルーティンはつまりルールだ。
あまりルールにがんじがらめになるのは良くないかもしれないが、一般的な物事へのアプローチを決めるのは良いだろう。
例えば私は話を聞くときは絶対に腕を組まないよう、手を体の横にするか、テーブルの上に置いたノートなどに軽く触れるようにする。私の悪い癖で、気に入らない話があると腕を組んでしまうからだ。腕を組むと自然と自分が強くなったように感じて、反論的になったり防御的になる。だからこれは自分の中でルーティンとして、人が話しかけてきたらまず手を下ろすか、軽く触れられるものに触れるようにしている。
あるいはより「ルーティン」らしいものであれば、私はもらったメールは必ず宛先、送信人、CCに入っている人間を確認してから一番下から読む。逆から読むというわけではなくて、過去のメールのやり取りに重ねてのメールか否かを確認するためだ。点と点ではわからない話が多いので、自分の中で線につながるように最初から読む。
紙の資料をもらったら、必ず右上か分かりやすいところに日付を赤ペンで入れる。
A3の資料は、すぐノートに挟めるように蛇腹折りにする。
保存するファイル名には日付やバージョン番号を入れる。
こういった一件くだらない、当たり前なものを私はルーティンとして取り入れている。そうすると「あ、あのとき日付入れておけばよかった」となるのを防げる。ルーティンになれば、無意識のうちに行なっているからだ。
ルーティンで決められた通りに進めていけば、私たちの軸は少しずつ強固なものになっていく。
もちろん大きな問題や交渉ごとに臨むときはガチガチに自分の立場を固めてしまうのはよくないし、柔軟な発想が必要となることはあるが、コンサルやプロジェクトマネジャーといった職種でない限り、基本は通常業務に当たることが多いだろう。そうなると、軸がしっかりしていることが大事になってくる。
ルーティンの決め方
このように、ルーティンを決めることはあなたにとってプラスに働く。
では、ルーティンはどのように決めるのか?
普段やっていることで、ミスが多いとか、特に心労が多いと感じる領域はないだろうか。
そこを分析して、未然に防げるようになりそうないくつかの要素を考え出すとよい。それを強く意識して行なっていけば、自分の中に染み付いていく。
私は前述の通り腕組みが癖だったので、「腕を組まない」と書いた付箋をキーボードの上に貼り、定期的に視界に入るようにしていた。原始的な方法だが、視界に入れるのは効果的だ。
継続がなによりも大事なように、一日で勝手にルーティンができあがるわけではない。だが、毎日筋トレしようというような目標より、日常な仕事のルーティンはずっと取り組みやすいはずだ。
まとめ ルーティンはメリットしかない
上で見てきたように、ルーティンはあなたの日々を助けてくれる。少しでも休まり、少しでもミスを減らし、平穏な気持ちで暮らせるよう手助けをしてくれる。
中には、自分の中でルールを決めすぎたら柔軟な対応ができなくなってしまう、と反論する人もいるかもしれない。
あなたがプログラムされた通りにしか動けないロボットならそれは正しいだろう。だが、ちょっとしたイレギュラーに対応できる能力が人間には備わっているし、そもそもルーティンが適用できないようなものに遭遇したらそうとわかるはずだ。そこで固まってパニックを起こしてしまうのであれば、ルーティンを持たなくても固まってパニックを起こしてしまうだろう。
何事も柔軟な対応がよいかもしれないが、世の中の大半のことはそこまで考えなくても処理できる。一つ一つを吟味するのではなく、ルールベースで処理できるものは処理するべきだ。
ルーティンはあなたの効率性も助けてくれる、便利なツールなのだ。