正直に、私はこの本にとても共感できた。自分のルーチンを持つことを重視している私からすると、いくつかのシンプルなルールに則って物事を処理していくことが当然というか、それが一番自分にとってベストな生活の方法だと感じているからだ。
残念ながら、帯や本の煽り文句の期待を少し裏切る内容かもしれない。
この本は、成功している人や組織が利用している様々なルールを紹介し、それらの共通点である「シンプルさ」に着目する。そして何故細く場面ごとに設定されたルールよりも、シンプルで一見頼りなさそうなものが有意義なのかを説明してくれる。
しかしこの本は、「あなたのためにルールを作ってくれるわけではない」ということを理解するべきだ。すぐに真似できるようなルールもあれば、企業が実践している運営のルールや一流シェフたちが実践しているレシピに関するルールなどは参考にこそなれどもそのまま自分のために適用できないだろう。
発想の原点が欲しい方にはうってつけだが、すぐに効果を表す特効薬のようなものを期待していたら少し残念な結果になるかもしれない。
この本はこんな方におすすめ
- 物事を複雑に考えがちな方
- やらなければならないものが多い時の優先順位の付け方に迷う方
- 成功している組織や人間が守っているシンプルなルールを知りたい方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- SIMPLE RULES 「仕事が速い人」はここまでシンプルに考える
- ドナルド・サル / キャスリーン・アイゼンハート (著)
- 戸塚 隆将 (翻訳)
- 単行本(ソフトカバー) 221ページ
- 2017/8/21
- 三笠書房
SIMPLE RULES 「仕事が速い人」はここまでシンプルに考える 三笠書房 電子書籍
興味深いエピソードや事例が満載
私のことを少しでも知っている人なら、私はエピソードが多い本が大好きなのを知っているだろう。本筋に沿いつつ、ただ無味乾燥な理論的な話だけではなく色々な小ネタを挟んでくれる本が私は大好きだ。
それ故に、この本は私にとってど真ん中のストライクだ。なんと言っても事例が多いが、「いつまで立っても事例ばっかり」というほど事例だらけというわけではない。
本書の内容に沿って、シンプルなルールを決めた人たちの成功体験が載せられている。
中には少し変わったもので、ミツバチの話なんていうものが載っている。
新しい住処を探しに何百匹ものミツバチたちが巣立つが、彼らはどうやって次の巣を作るべき場所を探すのだろうか。当てずっぽうなのか? 何か特別な嗅覚があるのか? 他の巣を乗っ取るのか? 実はミツバチたちにはルールがあって、民主的に次の巣を決めているのだという。
あるいは長いプロジェクトに取り掛かっているチームで、自分の仕事をしたい人が出てきてなかなかプロジェクトが進まない場合に、「決まった曜日の午前中は自分の仕事をしてもよい」「それ以外に時間はプロジェクトに集中する」と決めたら生産性がぐんとあがった話。
アメリカ国防高等研究計画局が数多くあるプロジェクトから、予算を注ぎ込むべきものを決めるためには実は2つの単純なルールしかないという話。
これらの話はあなたの知的好奇心をくすぐり、シンプルなルールの有効性を示すものだ。
同時に著者はやはりまた事例を使って、複雑に設定されたルールがかえって生産性を落としたり、問題を生じさせていることを説明する。
こういったエピソードトークは著者の言わんとするべき点を非常に有効に伝えてくれるし、何より読んでいて非常に面白い。
だが、シンプルなルールとはどうやって決めるのか
著者はルールをいくつかに分類しており、その「型」をあなたが使いやすいように提示してくれる。
例えば特定の閾値を決めて、それを超えたら何らかの行動に移すという「境界線ルール」の類型であれば、その閾値を超えない限りは意識を向ける必要がなくなり、気にしなければならないことを削ぎ落とすことができる。
判断に困った場合は、特定の条件を満たしているものから処理していくことを決める「優先順位ルール」を設定すれば、同時に発生した問題や意見の対立の中から、うまく結論を導くことができる。
いずれも「いや、そんなアホらしい。当たり前だろうよ」と思われるかもしれない。実際、はたから見るとそうなのかもしれないが、実際に目の前に問題が起きたとき、その処理方法を予め決めていないと大変なことになる。「じゃあこれは閾値を超えているからこっちにしようよ」と言っても、誰かが「でも私はこっちの方が気になるな」と言ってしまえば話は振り出しに戻ってしまう。ルールを最初に決めておけば、無駄な言い争いを避けて、全員同じ認識のもと、同じ順番で同じように処理することができるのだ。
しかし、そのようなルールはどのように決めればいいのだろうか?
著者はきちんとそこを解説してくれる。
例えばルールはトップ(リーダー)が決めてしまうと、反論しづらかったりバイアスがかかっていたりと問題が生じるため、避けなければならないと著者は主張する。実際に現場で動く人たちが複数人で話し合ってルールを決めるべきなのだ。
グループとしての目的は何なのかをまず決めて、そこにたどり着くための方法を考えていく。そのために必要な要件を考え出し、それをルールにあてはめしていくのだ。
言葉だと非常に簡単な内容で終わってしまうが、これが難しいのはみなさんも知っての通りだろう。どのようにしてルールを決めるかは、ただ「ルールの決め方」だけで済む問題ではない。なぜ人は特定の行動をとりがちなのか、ということを理解した上でうまく考えていく必要がある。
何かを選択したときの、裏にある理由を考えていく
この本の面白いところは、ルールで成功した人たちを取り上げてそこで終わるだけではない、ということだ。そんな本は書きやすいだろうし、一定数の読者を得られるだろうが、しかしそれ以上ではない。成功体験は面白いが、ためになることはあんまりなかったりする。
私が興味深いと思ったのは、人間の心理に切り込んで、特定の行動を起こす理由というものを著者が分析しているからだ。
例えば以下のような内容がある:
学生たちは二グループに分けられ・・・複雑な国境問題について、なにかよい政治的解決法はないかと尋ねられる。
二つのグループは同じ政治的なシナリオを与えられるが、Aのグループは「(リベラルな)ニューヨーク出身のアメリカの大統領がこの問題にかかわっている」「ワゴンカーで出国する難民たちがいる」などの表層的な情報も同時に提供される。このAグループは、歴史的な比較検証を求められたわけでもないのに、第二次世界大戦になぞらえて挑戦的な軍医行動を支持する割合が高かった。
・・・与えられた表面的な情報の内容と、彼らの選んだ政策の内容には相関性がみられなかった。むしろ、表面的で中途半端な情報を与えられると、情報に流されやすくなり、役に立たない類推に飛びつく傾向が見られたのである。
「SIMPLE RULES 「仕事が速い人」はここまでシンプルに考える」 p.99より
著者はこの人間の特性を紹介して、次にどのように表面的な内容を削ぎ落として根幹に行けるのか、そしてそれを利用したルール作りがいかに大事なのかを説明していく。
このような「人間が誤りがちな点」を紹介しながら、ルール作成時の落とし穴を語ってくれるのは新鮮で面白かった。
結論 シンプルな本だが、それ故にパワフルだ
私達が日々直面する問題は複雑だ。「そのシナリオに遭遇したら、選択肢Bを取ってください」みたいなマニュアル的な解決法はまず存在しないと言ってもいい。
だが、だからといって全ての問題に対して頭を捻らせて汗をかきながら進める必要はない。実は多くの問題は、自分の中で優先順位を付けて、適切に処理していくことができるものばかりだ。複雑に考えれば考えるほど、ドツボにハマってしまう。
それが簡単でないのももちろん著者は承知で、そのために私達が「いかにシンプルにアプローチするべきか」を丁寧に説明してくれる。
時には面白い事例を交えながら、時には人間のバイアスについて警鐘を鳴らしながら、私達の生活を豊かにする様々なテクニックについて語ってくれるのだ。
とてもシンプルな本で、あっというまに読めてしまうかもしれないが、ここに書かれていることは本当に大事なものばかりだ。私も日々シンプルなアプローチを意識しなければならない、と自分を振り返るきっかけになった素敵な一冊である。
SIMPLE RULES 「仕事が速い人」はここまでシンプルに考える 三笠書房 電子書籍