中世ヨーロッパっぽい架空の世界で、行商人を営む男性と何百年も生きているオオカミの化身の女性が一緒に行商しながら各地を旅する話。この一行で心が躍る人はきっと多いだろう。
アニメテイストな表紙に惑わされるかもしれないが、中身は至ってまじめな小説だ。
登場人物が魅力的だが決して薄っぺらくなく、ちゃんと深掘りされていく。実際に会ってみたくなるようなキャラクターばかりだ。
今更すぎるのだが、昔経済新聞でも取り上げられていただけあって内容は悪くない。言うほど経済しているかと言われればしていないし、結局はファンタジー小説なのだが、楽しく読めた。
飽きる・疲れる個所もなく、程よくスリリングで山あり谷あり、だけれども最後はきれいにまとまっている。後味すっきりだし、続き物だし、エンターテイメントとしては良いのではないか。
キャラクターを気に入ることができれば(そして十分にできるぐらい魅力的だ)、きっと楽しく読めるだろう。20冊近く続いているしね。
この本はこんな方におすすめ
- 旅にまつわる話が好きな方
- 剣と魔法ではない、異世界ファンタジーが好きな方
- 馬車、行商、金貨、羊飼い、教会、中世といった言葉が琴線に触れる方
- 続刊が多い、シリーズ物が好きな方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- 狼と香辛料
- 支倉 凍砂
- 文庫本 329 ページ
- 2006/2/10
- KADOKAWA
旅、行商、年上の女性
旅はロマン。行商もロマン。年上の女性もロマン。
なんてこった、ロマンが三つも集まってしまった。
個人的な意見で本当に申し訳ないが、私は旅が大好きだし、キャラバンとか行商とか貿易にはときめきを感じざるを得ない。
冒険活劇というのは何も剣と魔法の世界の話だけではない。
荷馬車に乗って毛皮を売ったりリンゴを買ったりする商人の話だって立派な冒険活劇なのだ。そして男一人の寂しい旅ではなく、見目麗しい上に実に頭が回る快活な女性との旅となったらどうだろうか。
この設定だけでもいくらでも話が作れそうだし、事実20冊ほど続刊が出ているのだから大したものだ。
舞台も架空の世界ではあるが中世ヨーロッパをベースとしており、程よく文明がありながらもまだ隣の国は未知の地というちょうどよいバランスだ。次の旅先はどんなところだろう、というワクワク感に浸れる。
そのワクワク感、馬車に乗って知らない街へと行き、宿に泊まってその地の料理を食べるといった経験したことないが誰しもが一度はあこがれたであろうあの世界を非常に丁寧に綴ってくれている。
ライトノベルという分類でこそあるが、しっかりとした小説だ。
経済っぽい話は出てくるが、あくまで舞台装置の一つ
経済がテーマでそのようにいくつかメディアでも紹介されていた作品だが、やはり舞台が中世なだけあってそこまで高度な話は出てこない。1巻は金貨の切り下げがテーマだが、こういった経済的な話は舞台装置でしかない。
とはいえ、魅力的な舞台装置だ。
商館や証書や金貨での取引等、電子化・高速化されていないからこそスリリングだし心理戦が描写できる。
現代社会の経済インフラが悪いとは言わないが、羊皮紙に書かれた契約書に血判を・・・とかワクワクしないだろうか。私だけだろうか。
為替や独占など経済っぽい言葉は出てくるが、それをうまく物語の軸に入れつつもそれありきにはならない。目の前の状況を、知恵を駆使してどのように打破していくか、主人公たちと一緒に頭を悩ませて手に汗握って見ていくのも素敵だろう。
もちろん、ヒロインが特殊な力を持っているというのもフェアではないと思うかもしれないがただのビジネスサスペンスにならない良いスパイスになっている。
ドラマがあって、サスペンスがあって、きれいにまとまる
上記の濃厚な設定からしっかりと市場や経済の概念を混じえて物語を発展させ、後半は怒涛のドラマがありサスペンスもある。
文庫本一冊にこんなに濃密な要素をブチ込めるものかとびっくりするほど色々出てくるが、決してクドくないのだから驚きだ。
ファンタジー世界のわけわかんない話になるのかと身構えていたら、きちんとサスペンスしていて手に汗握る展開を見せてくれる。理不尽さ、ぶっ飛び設定が「狼の化身と旅をする」という言葉から全く想像できないぐらいないのが本当に気持ちいい。
私が剣と魔法の世界のストーリーを幼少期からあまり好まなかったのは、純粋に「なんでもあり」な世界になるのが気に入らなかったからだ。
もちろん、剣と魔法モノでも素晴らしい作品は大量にある。
だが、商人の駆け引きを演出するために、ぶっ飛び設定はいらない。この作品はそのあたりをしっかりわきまえて(と言うと本当に上から目線になってしまって申し訳ない)丁度よい塩梅で出してくれるから嬉しい。
何かあっても魔法でどうにかなるぜ!みたいに片付けられては困るのだ。
ぶっ飛び設定が落ち着いてサスペンスと駆け引きがはじまり、怒涛の展開の中非常に綺麗で後腐れのない結末をきちんと一冊でまとめ上げているから見事としか言いようがない。
続き物という安心感
読了時には「この一冊で終わってしまっては勿体無い」と素直に思った。
そして続刊が20冊近くあるとわかり、ちょっと嬉しくなった。まだまだ旅が続くのだ。
とはいえ、20冊も娯楽小説を読む体力には少し自信がないし、他にも読みたい作品は多くあるので今回は第1巻で終えておいた。
塩野七生氏の「ローマ人の物語」をちびちび読み進めるのが最高の幸せだった私の入社一年目の頃を少し思い出す。
続き物にはそれだけ幸せをもたらせるものだ。
ちょっと休暇を取って読書に耽ることができるとき、堅苦しい本から離れてこの作品を手に取ることも悪くないだろう。