魅力的な本は、特別な何かを持った著者が、特別な目的のために、心を込めて書いた本だと私は思う。今まで私が読んできた素晴らしいと思った本は全て上記に当てはまると思う。
この本は、ギリシャの金融危機時に財務大臣に抜擢されて大胆な政策を行ってきた著書が、父親として、娘にわかりやすく経済とその背景にある政治や人間の思想、そして著者が思い描く理想を語りかけるように説明していく本である。なんだかキュンとしないだろうか。
本当に娘のことを思って書いたのかは私にはわからないが、優しい語りかけ、丁寧な説明、そして自ら思考することを促すような書きぶりに思わず「パパ…ありがとう…」なんてつぶやいてしまいそうになる。あれ、私の父親じゃなかったっけ?
さておき、実に魅力的な一冊で、経済なんてカタイと思う人でもすらすら読める小説のような本だ。是非、オススメしたい。
この本はこんな方におすすめ
- 経済って複雑でわかんないという方
- 理想的な経済とは何かを知りたい方
- ビットコインやAIの時代に経済はどう変わるか知りたい方
- パパの温かい優しさに包まれたい方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- 父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。
- ヤニス・バルファキス (著)
- 関 美和 (訳)
- 単行本(ソフトカバー) 248ページ
- 2019/3/7
- ダイヤモンド社
内容は難しくないが、頭を使う
当然、娘に語るという体の本なのだから内容は決して難しくない。
- 格差はなぜあるのか?
- 市場経済はなぜ生まれたか?
- なぜ、機械が発達したのに世界的に見れば生活は豊かにならないのか?
こういった「子供が抱くであろう疑問」(そして、下手すると大人ですら答えられない疑問)に丁寧に答えていくのがこの本のスタンスだ。
私が君に経済について語ろうと思った理由はそこにある。
「なぜ、世界には貧しい人がいる一方で、途方も無い金持ちがいるのか」ということも、「なぜ、人間は地球を破壊してしまうのか」ということも、すべては経済にまつわることが理由だ。
その経済と関係があるのが市場だ。だから、経済とか市場という言葉を聞くたびに、そういう話はいいやと耳をふさいでいては、未来について何も語ることはできない。
本書 p.25より
シンプルで、パワフルだ。
優しい口調の裏に鋭い真実がある。とても誠実で、娘の理解が追いつくように、ゆっくりと、積み木を重ねるように説明をしていく。私はこの本のスタイルがとても気に入った。対話篇を読んでいるような、あるいは小説を読んでいるような、とても不思議な気持ちだ。
とてシンプルなところからスタートして、実例を出すのが難しいときは簡略化したモデルを使う。ついていきやすいし、とっつきやすい。
とはいえ、最初にも書いたように、難しい話は出てこない。経済の仕組みについて、義務教育レベルの知識があれば、「そうだよね」と思うことばかりだろう。だけれども、俯瞰的に全体像を把握することはあまりないかもしれない。
点と点をつなぐように、著者は経済がなかった時代からスタートして、人工知能の時代まで進めていく。全体で大きな絵を描いていって、最後にバトンを娘に託していくのだ。飲み込みやすいサイズまで切り分けて、それを並べて素敵なコース料理を作っていくのがこの著者のスタイルだ。そして最後のデザートは、自分で決めることになる。
一見おかしいように感じることを、丁寧に解説してくれる
経済を考えていくと、一見「なんで?」と思うことが出てくる。
- 銀行はなにもないところからお金を取り出して、貸してくれる。
- 借金をなかったことにできるように法律を変えたほうが良い結果につながる。
- 税金は搾取ではない。
- みんなが協力するのがベストだとしても、それが実現することはなかなかない。
どれもこれも「なんでそうなるの?」と一見思うことが多いが、それをひとつずつ解説して解消していく。
私も金融業界で働く端くれではあるが、著者ほど簡潔に、わかりやすく、そして面白くこれらのことを解説できる自信はない。だからこそ経済は難しいと感じるし、だからこそとっつきにくいと思うのだ。
人は一見「こうあるべき」なのに「そうじゃない」ものに遭遇したら、困惑してそれを避けようとする。もちろん中には興味深いと思って取り組む人もいるかもしれないが、多くの人は「君子危うきに近寄らず」と避けて通る。そうやって苦手意識が芽生えてしまったり、嫌悪感を抱くようになることもある。
不安の芽を丁寧に取り除くことが大事ということを著者はよく理解しているから、そこを中心に論点を整理してくれる。
「空はなんで青いの」という問に一生懸命に答えてくれた親がきっかけで科学に興味を持った人がいるように、子供が思う「なぜ?」「どうして?」を汲み取って納得いくまでに説明することは素晴らしいし、その「興味を持つきっかけ」を与えるように書いているところに親の愛情を感じるのだ。
本書は人が言葉を持ち始めた前から話がはじまり、現代のビットコインといった仮想通貨の時代まで話を進めていく。
ビットコインの仕組みは正直私も「?」となるところが多いが、10歳の子供でもわかるように解説されており、その問題点までも言及しているのだからなかなかなものだ。
それこそ本当に私が小学生あるいは中学生だった時に本書に出会いたかったな、と思わせてくれる。
結論は経済の民主化
経済の発展は、あらゆるものの市場化を推し進めた。だがそれではいけないと著者は警鐘を鳴らす。効率的な運営がなされる一方で、その効率化は残酷な格差社会を生むのだ。
いまの人たちの多くは、昔よりも程度の低い仕事に就いていて、以前よりはるかに不安定な状況に置かれている。昔よりも今の人のほうが、子どもたちの世代が、退屈でも食べていけるだけの仕事に就けるかどうかを不安に思っている。我々は回し車の中のハムスターのようだ。どれだけ速く走っても、どこにもだとりつかない。
本書 144pより
確かに著者が指摘するそのような社会が進んでいるように感じられる。
私達の今の社会ははるかにテクノロジーが発展してるにも関わらずかつてよりもはるかに不便な生活を強いられているところもあるだろう。市場経済の発達は、つまりテクノロジーの発達に裏付けられている。そのテクノロジーの発達が進むにつれて私たちの生活は便利にはなっているが、その裏で効率化が進められてあらゆる無駄が削ぎ落とされているのだ。
そしてその恩恵に預かれるのはごく一部の富を占有している層に他ならない。貧富の差がどんどん広がってというのはみなさんも聞いたことがあるだろう。
市場化が進むと結局世の中の多くのモノが一握りの人によって牛耳られる社会になることになる。それは地球そのものにも言えることだ。
しかし市場では富の多寡によって持つ票の数が決まる。お金持ちであればあるほど、その意見が市場で重みを持つ。会社の株も同じだ。もし君が51パーセントを所有する株主なら、何千もの人たちが49パーセントの株を所有していても、君が絶対的な支配権を持つことができる。
本書 p.222より
ではここで、大気を民営化して、お金持ちに対策をゆだねたとしよう。お金持ちは海抜が上がっても影響を受けないが、排気量を減らすと利益が減り、もしかすると会社が潰れてしまうかもしれない。家や畑が海面下に沈んでしまう人たちには何の発言権もないのに、支配権を持つそんなお金持ちのたちのために判断をまかせてもいいものだろうか?
本書 p.222より
著者はこの問題に対する解決策として民主化をあげている。
その着想は面白いし、実際に行われているところもある。
この先の議論は、実際に本書を手にとって読んでいただきたい。優しい口調で語られる衝撃的な内容にきっと息を呑むことだろう。
まとめ わかりやすく、面白く、持ち帰りも多い
経済を子供向けに解説する本は過去も多くあったが、本書はその中でもトップクラスに「面白い」と感じた。
ただわかりやすくしているのではなく、ただ簡単に論点をまとめたわけではない。
今まさに何が起きているのか。そしてその原因は何か。上流のそのまた上流へとさかのぼっていくと、問題がどこから流れ出てきたのかがよく分かる。
そして、ただ解説するだけではない。
「想像してほしい」「考えてほしい」と著者は言う。
問題は、若い世代へとバトンタッチされていく。その際に、きちんと自分で考えて信念を持って行動しなければならない。ただ口を開けて待っているのではなく、自ら結論を出していく必要がある。それを意識した本書は、巧みでどこまでも優しい。
本書の意見に「それは違うんじゃないか」と思う人もいるかもしれない。簡略化はしたり、「これの原因はこうだ」「こうしたらデフレになる」とズバズバ言われてしまうと、「そうじゃないよね」と突っ込みたくなるところもあるだろう(とはいえ、著者は超がつくほどの専門家だから、あまり論理的に破綻はしていないとは思うが)。だが、そういう反論を含めて、「経済の話をしよう」なのだ。
自分の娘が大きくなったらぜひとも読んでもらいたい、そんな一冊だ。
その頃にはいったい世界の経済の有り様はどう変わっているのだろうか。少し怖いが、しかしとても楽しみだ。