チームリーダーのあり方、あるいは会社といった比較的多い組織レベルのあり方を示した本は多いが、チームそのものを考える本はあまり多くないのではないか。
この「THE TEAM」はチームの一員としての心構えや注意点、円滑な運営方法を解説している本であり、大変わかりやすく体系的に書かれている。
各章が独立しており、「目標設定」「チームメンバーの選び方」「コミュニケーションのあり方」「意思決定の方法」そして「モチベーション」といった要素に焦点を当てている。
正直なところ章によって当たり外れがあり、比較的想定している読者レベルが低い気がしなくもなかったが、「コミュニケーション」の章は非常によく書かれていると感じた。
この本はこんな方におすすめ
- チームリーダーはもちろん、チームの一員として働く方
- これからチームを作りたいと思っている方
- チームのモチベーションを上げるコミュニケーション方法などを知りたい方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- THE TEAM 5つの法則
- 単行本(ソフトカバー)251 ページ
- 麻野 耕司
- 2019/4/2
- 幻冬舎
体系的だが、少しあっさり
単行本一冊にまとめるという時点でだいぶ厳しい話ではあるが、正直非常にあっさりしている作品のように思えた。もちろん、重要な概念を洗い出して説明してくれているのはわかるのだけれども、どうもそれらの例が漠然としていると言うか、腑に落ちないものがあった。説明文が短いのだろうか? それは多少あるが、より根本的な部分でひっかかりを感じた。
この本では、明確な「結論」があまり存在しないのだ。
タイトルに「法則」と書いてある割には、あまりはっきりしたことを言わないのだ。「どちらがいいとは、一概には言えません」のような説明で、結局「どっちとりゃいいんだ」と読者が悩みそうな感じである。結論をのらりくらりかわされていると言うか、「そこまで説明しといて結果的に何が言いたいんだ」となってしまう。
もちろん、結論がないのはわかっている。明確な最適解が存在しないのだから、チームワークは難しいのだ。だけれども、「法則」だと銘打っておきながら、何か統計的な「こうしたチームは成功する」といったデータが出てくるわけでもなく、「結局はあなた次第です」みたいな形で終わっているのは少々がっかりだ。
非常に細かい、重箱の隅をつつくようなことを言っていると思われるかもしれないが、私にはこれがとても残念だった。
巻末には「チームの法則」の基になっているTheory(学術的背景)も紹介しています。
本書 18ページより
と書いてあるぐらいなのだから、凄まじい量のデータに裏付けられた学術的な本なのかもしれないと思っていたが、書いてあることはロジックは通っているものの「そりゃそうでしょう」となるものばかりだ。
だが「そりゃそうでしょう」が積み重なってルールとなり、ある程度の方針を得られるのも確かだとは思う。最初は「こんな単純なことを並べる本か・・・」と思っていたものの、「単純なこと」の集合体としてチームのあり方があると気付かされたので、そういう意味では面白い本だったと思う。
保守的な日本人を対象としている
という見出しを書いたらひんしゅくを買いそうだが、著者は相当に昔ながらな日本人思想というものを想定しているのだろう。
例えば「チームメンバーを変えないほうがいい」「みんなで話し合って決めたほうがいい」と読者が思っていると想定して話を進めていく。私は外資系で働いているからか、「いや、それはないでしょ」と突っ込んでいたのだが、なるほど一般的な日本人の発想だとこうなのかな、というのが面白かった(もちろん、外資系だからチームづくりがしっかりしているなんていうことは決してない。本当に。断言できる。)
なので「みんなが言っているから」という同調バイアスの解決法など、焦点をあてるところが実に日本的だと感じた。
特に日本企業は新卒一括採用・終身雇用というシステムで、固定化された組織を作ってきたためか、チームのメンバーが入れ替わっていくことに抵抗感がある人が多いように感じます。しかし、置かれている状況次第では、メンバーが固定的なチームよりも流動的なチームのほうが環境適応しやすいことを知っておくべきです。
本書 p.72より
比較的トラディショナルな形の日本企業に勤めている方だと、得るものが多いのかもしれない。
私は逆に常にコンサルを入れたり、チームのメンバーが辞めていったり新しく中途採用で入ってきたりと目まぐるしく人が変わる職場にいたので、「固定したメンバーでやりきる」ということに強い憧れを持っていた。なるほど見方を変えればこういう考え方もあるのかと、「固定側」の意見は興味深いと感じた。
チーム作りにゼロから関与できるものだろうか
結局著者の言うように正解の組織なんて存在せず、その時その時のシチュエーションと直面している課題に対して臨機応変に動くことが大事なのだろう。だが、はたしてそれをうまくできるものだろうか。
例えば著者はこう語る:
・・・ジム・コリンズは「誰をバスに乗せるか」が企業経営にとって最も大切なことであり、「最初に人を選び、その後に目標を選ぶ」べきであると説きました。
・・・企業にとって採用が重要なのと同じように、チームにとってもメンバー選びは非常に重要です。
本書 p.57より
確かにその通りなのだが、チーム選びは関与できない場合が多い。自身がプロジェクトリーダーとなって、じゃあ誰をチームに入れる? という重要な選択権を持っているケースもあり得るが、毎回それが期待できるだろうか。多くの人は希望もせず、願ってもいない人たちと一緒にチームに放り込まれて、運営を任されていることが多い。
サッカーチームの監督の話などが出てきたが、はたしてそんな裁量権を持った人がどれだけいるのか疑問だ。
もちろん、これはチーム運営全般の話なので、そういう場面設定を考えることも大事だろうが、読者層に合っているのかは少々疑問だ。
目標設定の説明も、少々当てはめがし辛いと感じた。多くの場合、目標は最初から決まっており、好きか嫌いかは関係なくその目標に向かって動くことを求められるだろう。職場というのはそんなものだ。経営者レベルであったとしても、株主や取締役会といったステークホルダーの意見を無視して目標設定はし辛い。
もちろん、最終ゴールが動かないにしてもそれまでの道のりを考えることは個々のチームの裁量でできるかもしれない。そこが重要なのはよくわかるが、そこに柔軟性があまりあるとは言いづらい。
チームに行動目標しか設定されていなければ、時にメンバーは「作業」の奴隷になります。チームに成果目標しか設定されていなければ、時にメンバーは「数字」の奴隷になります。しかし、多くのチームが意義目標の重要性を十分に認識していません。
ページ p.44
この意見は間違っていないだろう。だが、こんなことを書くとブラック企業のやばい経営者にようだが、「数字」や「作業」の奴隷に時としてなることが一番的確に結果を出せることもあると私は考える。
ビジネスにおける環境変化のスピードは日に日に早くなっています。かつては一度商品がヒットすれば数年間、場合によっては数十年間売れ続ける時代もありました。しかし、今は一度ヒットした商品が翌年に全く売れなくなることもあり、ビジネスの短サイクル化は激しさを増しています。
本書 p.79より
こういう状況だからこそ、目の前の堅実な作業や数字により一層注意深く目を向けなければならないのではないかと思うのは私だけだろうか。鋭敏に変化を察知し、それに対応していくのがプロダクトライフサイクルが短い時代の良きチームであると私は思う。
コミュニケーションの章は素晴らしい
ここまでけなしてばかりいるようだが、チームにおけるコミュニケーションの方法を語った章は実に素晴らしいと思った。
チームにおけるコミュニケーション
コミュニケーションが多いほうがいい場合、少ないほうがいい場合。
ルールが多いほうがいい場合、少ないほうがいい場合。
一人に責任が多いほうがいいのか、全体に分散させたほうがいいのか。
こういった基礎的な要素をしっかりカバーしつつ、以下の要素に触れていたのが素晴らしいと思った:
チームの評価は成果で行うのがいいのか? それともプロセスを評価するべきか?
評価は個人のみならずチーム全体のモチベーションにつながる大事な要素だ。結果が出なくても評価されることがあれば、結果が出ても評価されないというケースもあるだろう。そのあたりをチームとしてどういう方針にするのかは非常に大事な要素で、それについて触れていたのは読んでいて嬉しかった。
心理的安全に触れていたのも嬉しい。
著者は心理的安全に支障をきたす要素として、以下の4つをあげている:
チームで働く上の不安要素
「無知だと思われる不安」
「無能だと思われる不安」
「邪魔だと思われる不安」
「批判的だと思われる不安」
この4つの不安は、誰しも程度の差こそあれ経験したことがあるものではないだろうか。正直なことをいうと、私は毎日こういった要素で恐れを抱いている。自分が馬鹿だと思われるんじゃないか、失敗したら無能だと思われるんじゃないか、チームにとってうるさい邪魔者だと思われているんじゃないか、意見をしても批判ばっかりの駄目なやつと思われているんじゃないか・・・と。
こうした不安要素をなぜ人は抱くのか、そしてどのようにコミュニケーションをチーム内で図ればこれを軽減・解決できるのか。もちろん「これだ!」という特効薬は存在しないが、建設的な意見を出して「こういう工夫をすればよくなる」というものをいくつか提示してくれる。非常に親切で、良い章だと思った。
チームメンバー間のモチベーションを高めるべく、各メンバーがどのようなタイプなのか、その裏付けとなる経験や人生をどのように捉えるべきか・・・そういったチームのソフトスキルと言うべき面についてしっかり書かれており、純粋な進捗管理方法や数字の上げ方みたいな話にならなかったのが好印象だ。
色々な学説を用いて多角的にアプローチする
上記のコミュニケーションの章は素晴らしかったが、意思決定に関する章やモチベーションに関する章も読み応えがあった。
いくつか面白い要素があったので引用したい。
ファーストチェス理論とは、チェスにおいて「5秒で考えた手」と「30分考えた手」は、実際のところ86%が同じ手なので、できる限り5秒以内に打ったほうが良いという考え方です。この考え方をもとに、とにかく速く[孫正義は]意思決定をしているといいます。
本書 p.164より
例えば、チームで庭の草むしりをするとします。3人のチームでやれば10時間かかる作業だとすると、10人でやれば3時間で終わるはずです。しかし、実際には10人でやると3時間以上かかってしまうのです。
これはチーム全体が「自分1人くらいという落とし穴」にはまってしまっていると言えます。
草むしりの例で言うと、3人のチームのときは「自分がやらねば」と思っていたメンバーが、10人になったとたん「自分1人くらいやらなくても大丈夫だろう」と思ってしまうということです。
本書 p.212より
・・・最も大きな効果をあげたのが「悪魔の代弁者」という手法です。大統領の側近2人に「悪魔の代弁者(わざと異論を唱える人)の役割を与え、新しい提案のリスクや弱点を徹底的に分析させました。
結果としてこれらの工夫は適切なディスカッションに繋がり、それをもとにした意思決定は後のキューバ危機の回避に繋がったとも言われています
本書p. 142より
こういう面白いエピソードを交えつつ、そこから導けるある程度普遍的な考え方みたいなものを出してくれるので面白い。冒頭でも述べたようにあまり断言的な「こうだ!」とは言ってくれないが、なんとなく自身のいるチームにあてはめができる要素が見つかると思う。
まとめ 法則ではなかったが、十分に活用できる内容
少し初歩的すぎるところから始まっていたり、想定する読者がわりと保守的なチームに在籍している人のように感じられるところはあったが、全体としてはよくまとまっていたと思う。一冊の本に、具体例、抽象化、裏付けという段階を入れつつここまでねじ込めたのはなかなかにすごい。
章によってクオリティがバラけていたり、コラムが何かとAKB48に触れていたりと気になるところはあったが(後者は別にいいけど、ちょっと不思議だ)、繰り返すが全体としてよくまとまっていた本だと思う。
チームリーダーの人のみならず、チームの一員として切磋琢磨する方にもおすすめだ。教科書のように体系的にまとめられた、コンパクトでぎゅっと濃縮された良い本だと思う。