世界最強と呼ばれた大商人が、生涯大事に秘匿してきた宝箱。その中身は宝石でも金貨でもなく、巻物だったーー。
こんなストーリーに心が踊るのは私だけだろうか。巻物には何が書かれているのだろうか。そして何故それを大事に、誰にも見せずに守り抜いてきたのだろうか。
この本は特に深く考えずに、Amazonでおすすめされてまとめ買いされた本の一つだった。ろくに内容もチェックせず、タイトルからして「海賊と呼ばれた男」みたいなドキュメンタリー調の小説かな、とか適当なことを考えていた。
蓋を開けてみれば、この小さな本はいわゆる自己啓発本の類のものだった。ストーリーこそ数千年前が舞台ではあるが、現代に書かれたものであり、シンプルで読みやすいが実に重いメッセージを内包している。
軽い気持ちで読んでほんの数時間で読み切れるボリュームだし、読了感は割とあっさりしているが、書いてあることは本当に疑いの余地のないほどしっかりしたものだ。自己啓発本に違いはないのだが、すごくシンプルなルール仕立てになっているもので、行動に移す重要さを伝えてくれる。
本当に短い作品ですぐに読めてしまうが、きっとあなたの心の中にずっと残る一冊となるだろう。
この本はこんな方におすすめ
- ストーリー仕立ての自己啓発本が好きな方
- 人生を戦い抜くための、シンプルな指針が欲しい方
- 何度も読み返せて、生涯大事にできるような本が欲しい方
目次(タップで開きます)
ブックデータ
- 世界最強の商人
- オグ・マンディーノ (著)
- 山川 紘矢 / 山川 亜希子 (訳)
- 文庫本 189ページ
- 2014/11/22
- 角川書店
そもそも小説のストーリーそのものが良い
私は過去いくつか自己啓発本を読んできて、いずれも説明のためにエピソードが組み込まれていたが、小説の体をなしているタイプのものははじめて読んだ。まぁ、一種の寓話である。イソップ物語的な感じだ。
舞台こそ今から2千年ほど前になるが、現代に書かれた作品であって、フィクションだ。世界一の商人になることを目指し、少年が成長していく物語である。少年は世界最強の商人になる極意が書かれているという巻物を受け取り・・・といったストーリーだ。
当然この巻物の内容が本書の「自己啓発」パートにあたるものなのだが、その持って行き方がとても素敵だ。現代ではなくはるか昔を舞台にすることで、キャラバンや商人というロマンあふれる単語を使ってストーリーを展開していく。
以前読んだ「狼と香辛料」と似たような感じだ。
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もちろん多少ご都合主義的な話ではあるし、「賢者が残してくれた巻物」というもっともらしい舞台装置を使うあたりもツッコミを入れたくなるかもしれないが、まぁそこは目を瞑ろう。
少年は商いで失敗を経験しながらも、巻物の内容に従って生きていくサクセスストーリーとなる。ただ、小説パートは本書の半分程度で、そもそも短い本なのでそこまでじっくりと語られるわけではない。さっと読めて、感動とまではいかないが、とてもきれいな終わり方だったと思う。
キリスト教のベーシックな知識がなければベツレヘムやイエスの生誕といった内容があまりしっくりこないかもしれないが、まぁオマケ的な要素なのであまり気にしなくても良いだろう。
肝心な自己啓発の部分も、理にかなった話だ
この本で出てくる巻物が語る内容というのは(ネタバレになってしまうかもしれないが)、要は良き習慣を身に着けた生き方を説いている。
もし、成功しようとする決意が十分に固ければ、失敗することはない。
「世界最強の商人」 p.51より
これが根幹となるテーマで、ちょっと旧日本軍チックな精神論っぽい気もするが、言わんとする所はよく分かる。
本書はとにかく良き習慣だけを持って、日々研鑽を重ねて生きていくことを勧める。この場で生まれ変わり、新しい自分として、正しいことを突き進めていけ、と。これは本当に真実だと思うし、私も幾度となく「決心を新たにして」自分を生まれ変わらせようと考えたことがあるが、どうも長続きしない。本当に難しいのだ。
この本は小説ではあるが、伝えようとしていることは本当に正しいと私は思う。それは誰にだって否定できない内容だろう。だが、実行するのは難しい。
この小説は「修行」の話でもあるので、少年は毎日この巻物が伝えてくれる自己啓発的な訓示を繰り返して読み、心に刻み込んでいき、行動にも映し出すようにしていく。
その意味では、本当にこの話の主人公と同じような研鑽を積んだとしたら、きっと成功がぐっと近づくだろうというのは否定できない。なかなかできたものではないが。
全ては精神論なのか
彼らが私に教えるのは、いかにして成功するかよりも、いかにして失敗を防ぐか、ということだ。なぜならば、成功とは人の気持ちのあり方にほかならないからだ。千人の賢者に「成功とは何か」と聞いてみれば、千通りの答えが返ってくるだろう。しかし、失敗に関してはその定義はただ一つだけである。すなわち、「失敗とは、それが何であれ、その人生の目的に到達できないこと」なのだ。
「世界最強の商人」 p.89より
私は時間を無駄にするものは、極力、避けようと思う。ぐずぐずと延期することはやめ、直ちに行動しよう。疑いは信頼のもとに葬ろう。恐怖は自信を持って断ち切ろう。無駄口には耳を貸さない。怠惰なものとは付き合わない。怠け者には近づかない。これからは、怠惰に身を任せることは、愛するものから食べものや着るもの、温かさを盗むことと同じだと心得よう。私は泥棒ではなく、愛の男だ。そして今日は、私の愛と私の偉大さを示す最後のチャンスなのだ。
「世界最強の商人」 p.124より
確かに精神論よりなところはあるし、それが自己啓発本が嫌われるゆえんかもしれない。耳障りの良いことだけを説いて、結局実現可能なものは少ない。
誰しもが聖人君子のように清らかな人生を送れるわけではないし、たとえそうできたとしても、成功できるという保障はない。
この本に出てくる「巻物」が示唆する生き方は、しがらみが多いこの世の中ではそうたやすく実行できるものではないだろう。そしてもちろん、実行できたとして、「彼は非常にまっすぐでまっとうな人間だ」という評価を得られて、それで終わりになるかもしれない。
それはこの手の本の弱点であるかもしれない。正論は正論なのだが、実行して結果が伴うとは保障できないし、なかなか厳しい。だけれども、この本で語られていることは、実際に仕事をしてみて、いろいろな人と関わって、自分より遥かに経験を積んだ人間や、全く違う国で全く違う文化の中で生きてきた人間や、自分と遥かに専門性が違う人間と出会ってきた結果感じたことと共通するものがある。
結局のところ、本当に大事なのは、あらゆる局面を打破できる知識の蓄えではなく、その局面にきちんと向き合えるだけの精神と、それを可能にする日々の研鑽なのだ。私ごときが言えるものではないかもしれないが、困難な場面に立ち向かうという行為するものが、困難を解決するための一番大事なステップであるように感じられる。
もちろん、真っ向からぶつかっていって、結局粉々に打ち砕かれることだって多々あるだろうし、それは無謀に見えるかもしれない。だが、問題には実際に手を動かして触れていかないと勝手に消えてくれはしない。そのメンタリティを可能にするのが、この「世界最強の商人」のポイントではないだろうか。
日本語訳に少し違和感を感じる
原著を読んでいないのであまり突っ込んだ話はできないのだが、それでも少し「どうなの?」と思う訳がいくつかあった。
この物語の舞台は2千年前の中東なのだから、その舞台に徹底した言葉遣いをしてほしかった。
例えば「セールスマン(これは原著でもそうらしいからあまり責められない)」「マスターする」「キャリア」「チャンス」「フィルターにかけられる」といった言葉は、私の個人的な意見すぎて申し訳ないのだが、もう少し時代背景に合った言い回しがあったのではないかと感じた。
もちろん、現代に書かれている「昔を舞台にしたお話」なので仕方がないかもしれないが、少し気になったのが正直なところだ。
まとめ 「世界最強の商人」は短く読みやすく、だがずっと活かせる
何度も言うがこの本は非常に短い。シンプルで、すぐに読めてしまう。ストーリー仕立てなのでなおさら読了が早いだろう。
そして非常にさっぱりした本だ。大事なメッセージを伝えて、ストーリーも綺麗に完結していく。だが、シンプル故にその後読者に残る余韻は非常に深いものだ。
この本で書かれているメッセージは、とても単純で、「そうだろうね」と相槌をうちたくなるようなものばかりだ。そして良き人生を歩めというところに集約されてきて、「そう言われても、そこまで徹底できないし、そもそも効果あるかもわからないしなぁ」と感じるかもしれない。
だが、うすうすと、この本の言うとおりに、生まれ変わるのであれば本当に人生にプラスになるのだと感じるはずだ。本書に登場する巻物が勧めるような日々の送り方があなたにとって難しすぎると感じたとしても、心の片隅にこれらの戒めを書き留めておけば、きっと困った際に人生の役に立つ。
私は数時間でこの本を読み終えたが、すぐに二回目を、より注意深く読んでしまった。そしてきっと半年以内にもう数度読むことだろう。
書かれていることは単純で、当たり前で、新しいものはなにもないかもしれない。だが、陳腐化しているわけではない。徹底すれば必ずプラスに働く、それが分かっているものばかりだ。それをいかに徹底するかは人それぞれだが、私はこの本を繰り返して読んで、登場する若きハフィッド少年のように、自分の心に刻み込みたいと感じた。
私は今日から、新しい人生を始める。
「世界最強の商人」 p.86より
いいじゃないか。はじめよう、新しい人生。