Googleはすごい会社だ。それは誰もが疑う余地がないことだろう。Googleの検索エンジンに頼っていた私達は、今やGoogleのメールサービスや地図サービスを日々活用するようになった。何らかの形でGoogleに生活の一部を委ねている人のほうが今や日本においてはマジョリティなのではないだろうか。
しかしGoogleはどうやってそんなに次から次へとイノベーションを起こせるのだろうか?
私はぼんやりと「だってGoogleはすごい会社だし、頭いい人やすごいアイデアを持った人はみんなGoogleに行きたがるんじゃないの?」と漠然と考えていた。
Googleの社内に滑り台があったり、無料のお菓子コーナーがあったり、社員が自分の独自のプロジェクトに業務時間を費やしてもいい制度があったりすることは、今や周知の事実だ。でも、どこか自分の中で「そりゃ優秀な人材が揃ってりゃ、お菓子食べたり滑り台で遊んだりしてても結果でるだろうよ」と考えていたのだ。
この本はいい意味で、そういうGoogleに対する偏見を破ってくれる。
そしてそれ以上に、どれほどデータに裏付けられて、緻密に実験を気が遠くなるほど重ねて、Googleが人材開発やチーム作り、目標管理に尽力してきたのかがわかる。
この本は分厚いが、文字が小さい。そしてエピソードは多いが、それ以上に結論とそれを裏付けるデータが多い。そして殆ど無駄がない。つまり冗談じゃなく全てのページから新しいなにかが学べる。
これほど濃厚な本を私は長いこと読んだことがないし、濃厚すぎて読み終わるのに一週間かかった。そして私は読書をするとき「これはあとで読み返したい」と思った箇所に付箋を貼っていくのだが、付箋を切らしてしまった。それほど読み応えがある作品だ。
この本はこんな方におすすめ
- なぜGoogleがトップを走り続けるか知りたい方
- Googleが繰り返してきた人事に関する試行錯誤の全てを学びたい方
- インタビューではなく、実際にその現場にい続けた人の体験談を知りたい方
- Googleはデカイ会社だから色々できる、そんなもの日本の会社じゃ真似できない!なんて思っている方
ブックデータ
- ワーク・ルールズ! ―君の生き方とリーダーシップを変える
- ラズロ・ボック(著)
- 鬼澤 忍, 矢羽野 薫 (訳)
- 単行本(ハードカバー) 560ページ
- 2015/7/31
- 東洋経済新報社
珍しく、帯が嘘をついていない。
この本の帯には、こう書かれている。
「世界最高の職場を設計した男 グーグルの人事トップが、採用、育成、評価のすべてを書いた」
こういう本の帯はだいたいオーバーすぎることが書かれているが(いわゆる「全米が泣いた」的なチープで尊大なキャッチコピー)、この本に関しては帯は正しいと言わざるを得ない。
まずは、この文章を紹介したい。
グーグルは社員への投資の初期段階に力を入れている。つまり、社員にかける時間と資金の大部分を、新たな社員を引きつけ、評価し、育てることに投じるのだ。人事予算に占める割合で見ると、わが社が採用にかける費用は平均的な企業の2倍以上になる。事前にうまく社員を選べれば、雇ったあとは手間をかけずにすむ。
本書 p.106より
この本は、Googleの人事担当上級副社長のラズロ・ボック氏が書いた、500ページ超のGoogleの人材開発プログラムに関する本である。つまり、公式の本だ。
誰かがGoogleの社員をインタビューして外側からGoogleとはこうだと憶測を立てるのではなく、本物の人事のトップが書いた、実際の制度とその根底にある思想・実験・経験に関する本だ。しかも退職後に振り返って書いたとかではなく、現職の人間が書いている本である。
その時点でなかなかに貴重なものだと思うが、純粋に内容が濃い。
一切の出し惜しみがないと感じるぐらい、Googleで取っている制度とその理由、歴史を語ってくれる。現在のGoogleの制度は進化し続けているが、どういうところから始まって、どういう結果になっていたのか、それを追っていくのが非常に面白い。
中には例えば、難しい数式・暗号解読を載せて、解き進めた場合Googleからオファーがもらえた、というものがあった。しかし、その結果大勢の応募者があったにも関わらず、採用に至ったものは一人もおらず、結果として「失敗した策」として扱われている。一体なぜ採用に至らなかったのか? それはネタバレになるので本書を手にとって読んでいただきたいが、しかしこういう話が随所に組み込まれており読んでいて飽きない。
Googleほどの企業であれば、さぞかし頭がいいことを展開して、ものすごい成功を収めているのだろう、と勝手に思ってしまう。だが、驚くほどの数の策を打ち出しては失敗し、それらの積み重ねて今の制度を作り上げてきたのだという話には正直びっくりした。てっきり天才的なリーダーが一人いて、その人の策がバンバン当たって今の栄華を極めたGoogleのチームがあると思ったのだが、そんなことは決してなかったのだ。
全ては細かい積み重ねだ。
推薦による採用、学歴や転職歴を検索して紹介者を探すシステム、学歴や成績に頼らない採用方法・・・色々なものを試して、今のGoogleがある。
Googleが試してきた数々の策の良かった点、悪かった点は何か?
それを本書を通して学べることは、人事担当者でなくても非常に糧になる内容ばかりだ。
出し惜しみをしない本だと先程も書いたが、この本はいくつかのルールを提案してくれる。Googleの採用と人材開発とチーム構築の経験の結晶となるルールだ。
まず大体の人はこう思うに違いない。
そういうルールは確かに有用かもしれないけど、Googleみたいに放っておいても応募がたくさんあって、資金も潤沢で、色々試せる余裕がある会社だからできるんだよね。
だがそうではない。
むしろ、私はこの本を読んで、余裕がない会社こそ実践するべきものが多いと感じた。というのも、この本で紹介されるメソッドは人材そのものが揃っていなくてもできる、制度的な話が多い。どのように評価する基準を作るか、どのようにフィードバックを与えるか、どのように人の成長を促すか、コミュニケーションのとり方は何か・・・。そういったことを、Googleらしくデータに基づいて「研究」した成果をシェアしてくれているのだ。
あるいは、「そういう対人的なことは機械的に測ることはできないし、優れた資質を持った人間を数値化することなんてできない」と思われるかもしれない。だが、物事にはある程度の法則性がある。
平均分布というものがあるように、一定数のなにかの集合があれば、それは自然と何らかの法則に沿っていることが多い。傾向と対策が分かれば、大まかな方針を取ることが出来る。その大まかな方針について、Googleは莫大な時間とサンプルケースを使い、科学的に導いてきたものがある。だから極めて精神論的な話に、極めて科学的なアプローチをぶつけたのがGoogleであって、そのある種斬新なアプローチには感服する。
確かにGoogleのように放っておいても他社がよだれを垂らすような経歴を持った人物が門戸を叩きにくることもあるかもしれない。だがGoogleはただ学歴・経験が優秀な人間、あるいはスキルセットが優秀な人間だけを採用するわけではない。
どういうことか・・・についてはやはり本書を読んでほしいとしか言えない(私は他人の楽しみを奪いたくはないのだ)。だけれども、そこにはしっかりとした経験則がある。
マネジャーに求める素質と、それ以上に(一番難しいであろう)どうやってそれを測るか、あるいはそういった素質を育むかについて書かれた章などは目からウロコだ。
この分厚い本の持ち帰りは何なのか
私は現在人事担当者ではないし、プロジェクト運営の経験はあれど直接人事権を持ったことはない。チームメンバーの選定はせいぜい雇うコンサルタントの面接をした程度だ。
だからといって、私には持ち帰りは一切なかったのだろうか。
そんな事は決してない。むしろ、驚くほど収穫がある一冊だった。Googleが年月と資金と数えきれないほどの人日を費やして分析してきた結果を(もちろんGoogle社内の人事管理アプリなどにはアクセスがないとはいえ)享受できるのだから、得るものがないわけがない。
むしろ、膨大な滝のような情報をどのように整理したらいいか、今も考えているところだ。
- マネージャーをどのように評価するか。
- マネージャーとしてどのように評価されるべきか。
- チームの効率を上げるコミュニケーションの方法(そのキモは、話す内容だけではなくて、話す回数にあった!)。
- 人を「信じた」場合の生産性の向上とは。
- パフォーマンスが下位10%の層を解雇するのではなく、奮い立たせ改善する方法とは。
- 自分の評価や目標を公開するとどのようなプラス効果が生まれるのか。
いずれも、サンプル数をとって、実験を重ねて、そして心理学を学んだりしなければ答えが出せそうにない問題だ。否、答えなんてない!と言いたくなるかもしれない。
だがこの本は確実に有意義なアドバイスをくれる。
当然すべての人に当てはまるルールがあるほど仕事は簡単ではないが、一定の「智慧」は存在する。それを身に着けて、武器にすることができるのであれば、心強いことこの上ない。
そして驚くべきことに、この本の提案してくれる多くのことは、個人レベルでも(そう、私のような上級管理職でもなんでもない、普通のサラリーマンでも!)実践できることが多い。もちろん、組織レベルで取り組まなければできない提案も多く出ているが、それが全てではない。
持ち帰りは確実にあった。私がこの本で消費した付箋の多さがそれを物語っている。
まとめ 紹介したいものがあまりにも多い
この本に出てくるエピソードや実験結果は興味深いの一言では抑えきれないほどにものすごいものが多い。
面接の確証バイアス(面接は開始数秒でほぼ印象が決まり、残り時間は面接官がその印象を裏付けるために使われる)といったよくある話はもちろんちらほら出てくるが、ほとんどが聞いたことがないエピソードばかりだ。
それもそのはず、これはGoogle発祥のGoogle内部で確認されたエピソードなのだから、そうそう巷に出回ることはない。
だが今から数年以内に、「Googleであったあの有名な話」となって出回っていること間違い無しと思える話が多い。それほどまでに深く、有意義なエピソードが多いのだ。
なによりも、Googleの失敗の話が思いの外多く出てきた。素晴らしい頭脳を持った人材が集まった会社なのにも関わらず、多くの路線変更や失敗を繰り返してきたのは、それだけ取り組んでいる課題の複雑さを物語っている。そしてそれを赤裸々に話してくれて、「これが持ち帰りだ」と説明してくれる著者の懐の深さには仰天する。
私はいつも読んでいて気に入った箇所などをブックレビューで引用して紹介しているが、今回はそれができない。引用をはじめたらきりがないからだ。
それぐらい、全てのページにと言っていいぐらい面白い内容が詰まっている。私はこの本を立ち読みしなくてよかったーーそんなことをしたら、数時間本屋から出られなくなっていたかもしれない。
濃厚で読み進めるのに時間がかかる本だが、決して無駄にはならないだろう。